-…いや、ホント信じられないな……。
俺はその空間の中で、自分の身に起きている事実に困惑していた。
『-大丈夫そうですね。…まあ、一応念のため後で検査を行いますね』
すると、『真下にある』スピーカーから男性の声が聞こえた。…そう、俺はつい先程ファストピタルの中心部にある大病院の無重力酔い専門外来にて『無重力酔い』を治療し、隣のリハビリセンターにて『チェック』をして貰っていたのだ。…その結果は、まず間違いなく『問題無し』だった。
「はい、分かりました。…っと」
俺はクッションで覆われた壁に取り付けられた取っ手を両手で掴んだ。すると、取っ手は右回転し続いて床に向かって降下した。
『じゃあ、重力を戻しますね』
俺が正しい姿勢で床に立った事を確認した『担当医』がそう言った数秒後、部屋の重力は元に戻った。…うん、大丈夫かな。
取っ手から手を離して、出入り口に向かう。…その足取りは今までとは違い軽やかだった。
「-うん、『解除後』の平行感覚も大丈夫ですね」
「はい。
ーそれにしても、まさかこんなアッサリと『解決』するとは思ってもいませんでした」
「…そもそも、『無重力酔い』とはブレーンが『下を見失っている』状態です。だから、『足のある場所が下』であるとラーニングしてあげれば良いんですよ」
「…なるほど。…もしかして、そのマシンって『特別』なモノですか?」
「…っ、その通りです。」
…『それ用』のラーニングマシンは、機密情報の塊なんですよ。更に処置後の無重力ルームを用意しなければならないので、必然的に『こういうホスピタル』でないと治療が受けられないのです。
ーそれでは、念のため検査をしますのであちらで着替えた後、奥に進んで下さい」
担当ドクターは、コソッと事情を話した後直ぐに仕事モードになった。…多分、『俺』だから話してくれたのだろう。
-…それから数分後。俺は正式に『問題無し』の診断を…つまり、無重力酔いと『オサラバ』したのだった。…はあ、嬉しいなー。
そして、晴れやかな気持ちで病院を出た俺はその足で『免許センター』に向かった。
「-では、健闘を祈っております」
俺を免許センターに送ってくれた閣下の部下の人は、車内からエールを送ってくれた。
「ありがとうございます」
俺は深いお辞儀をして、建物の中に入った。
「-…なあ、マジなのか?」
「…ああ、確かなスジからの情報だ」
…あん?
ロビーに入ると、ふと右側の待ち合い席で二人の男がなにやら話していた。
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
少し気になるが、耳に特殊な機械を装着した受付…アンドロイドの男性に声を掛けられたので気持ちを切り替える。
「一般船舶の免許を取得しに来ました」
俺はIDカードを出しながら用件を告げた。
「畏まりました。それでは、一度カードをお預かりしますね」
彼はカードをそっと取り、横にあるカードリーダーに読み取らせた。…しかし、まさかこんな日が訪れようとはなー。
「-はい。それでは、カードをお返します。
それと、こちらを」
感慨にふけっていると、彼はカードと小さなプラスチックのプレートを渡して来た。…12番か。ま、平日だしそんなに混んでる訳ないか。
「ありがとうございます」
自分の受験番号を確認した俺は、お辞儀をして待ち合い席に向かった。
「-…マジかよ……」
その時、二人の内の片方が唖然とした。…っ!
その瞬間、不意に嫌な予感がした。
『お待たせ致しました。受験番号10番の方は試験室Cにお進み下さい』
「…っと。それじゃ、行ってくる」
「ああ…」
冷や汗が流れるのを感じながら、とりあえず二人の後ろに座る。すると、そのタイミングでアナウンスが入り話し手の男性は試験室に向かった。
「…はあ、マジか……」
…っと、いけないいけない。
残った男性は頭を抱えていた。…それは、間違いなく『今日』に面倒事が起こる事を予言していた。
しかし、試験前だったのでなんとか不機嫌にならずに済んだ。
『お待たせ致しました。受験番号11番の方は試験室Dにお進み下さい』
「…はあ」
男性はため息を吐きながら、席を立ち奥に消えて行った。
そして、待ち合い席には誰も居なくなりとりあえずぼんやりしていた。…しかし、その直後通信デバイスが振動した。
「…もしもし、こちらブライトです」
『こんにちは、オリバー様。こちらは、ディネントです』
相手は、もう一人の『警護役』の人からだった。…用件は恐らく-。
「-…今、免許センターのロビーで案内を待っている所です。ちなみに、たった今俺の一人前の人が呼ばれました」
『詳細な説明、ありがとうございます。…では、昼前にお迎えに上がります。
そしてその後の予定ですが-』
「ー『昼食は安全が確保出来る場所に変更』ですか?」
『-っ!?……申し訳ありませんが、その通りでございます。そして、-ご想像-の通り午後の小観光もキャンセルさせて頂く運びとなりました。
重ねてお詫び申し上げます』
「ディネントさんが謝る事じゃありませんよ。…悪いのは全部『阿呆共』です」
『…お気遣い頂きありがとうございます。少し心が楽になりました』
「どういたしまして」
『それでは、失礼します』
「ええ」
『-お待たせ致しました。受験番号12番の方は試験室Bにお進み下さい』
彼との通信を終えると、ちょうど良いタイミングでアナウンスが流れた。…やれやれ、ホント勘弁して欲しいな~。
俺は少しブルーな気持ちになりながら、試験室に向かうのだった-。
○
-Side『ガードナー』
「-総員、敬礼!」
白の軍服を来た精悍な顔付きの男性が告げると、彼の前に立つ緑を基調とした軍服を纏う大勢の男女はその横に立つ白い艦長帽を被る大柄な男性に向かって敬礼した。
「休め!」
「防衛隊の同志諸君。昨日はお疲れ様だった。…本来ならば、今日明日は慰労の日とし羽を伸ばして貰う筈だった。
…だが、非常に残念な事に今日も職務に就いて貰う事になった。その原因は-」
彼がそこで言葉を切ると、その背後にある大型スクリーンにとある船団が映しだされた。
「-帝国時間の一昨日深夜、我々と有志によって結成された連合艦隊はウェルス星系を中心に略奪行為を行っていたA級宇宙海賊団『ブラッドスナッチャー』の主力部隊の壊滅に成功した。…その後、各地の同志や『友人達』によって残党も続々と撃墜または捕縛されていき、壊滅は秒読みとなっていた。
だが、昨日昼頃残党の一団の掃討任務にあたっていた第三分隊が、敵の反撃により艦隊の半数が航行不能になってしまった」
『……』
信じられない報告に、ブリーフィングルームに緊張が走った。
「勿論、彼らに慢心はなく真剣に任務にあたっていた。…にも関わらず、包囲戰を得意とする第三分隊が敗れたのだ。
そして、同日深夜。他の残党を掃討していた分隊も同じような状態で次々と帰還してきた。…これは、由々しき事態である」
『……っ』
彼の言葉に隊員達が決意に満ちた表情をした。すると、モニターの映像が切り替わり副官の男性が口を開く。
「…現在、海賊が使った『兵器』の解析が進められているが現状詳しい事は分かっていない。そして、こんな状況のなか本日未明各星系に散らばる偵察部隊より続々と緊急の報告が入った。
-その内容を集約した結果、海賊の残党達が此処ホワイトメルに結集している事が判明した」
『…っ!?』
衝撃の内容に隊員達は僅かにざわめき出す。しかし、艦長の男性は堂々としていた。
『……』
「-任務内容を伝える。我々ホワイトメル防衛隊は本国より主力部隊が来るまでの間、死力を尽くし敵の侵入を阻む事だ」
「…諸君らの働きに期待する。
総員、準備に取り掛かれっ!」
『イエス、キャプテン!』
隊員が一斉に敬礼し、行動を開始するのだった-。
○
-Side『アウトロー』
「-…クククク。…アーハッハッハッ!」
その男…厳つい顔に丸坊主の大男は、広い船橋の中で高笑いしていた。彼こそ、A級宇宙海賊団『ブラッドスナッチャー』の首領だ。…そう、先日の掃討作戦で船もろとも宇宙の藻屑となった筈の男は、今『真新しい大型船』の中枢でバカ笑いをしているのだ。
「…まさか、こうも順調にコトが運ぶとはな」
「流石ですボス!」
「よっ!宇宙イチのキレ者!」
そんな彼を、これまた厳つい顔…いや、いかにも悪人面の手下達が持て囃した。
「止せ止せ…。…それにしても、ホント『太っ腹な御仁』だったな」
首領の男は、ニヤニヤしながらジェスチャーをする。そして、この船をタダでくれた男に心から感謝した。
「おかげで、連中を出し抜くどころか艦隊すら相手に出来るようになったぜ」
「クククク。連中はさぞビビッてる事でしょう」
「『アイツら』も、ボスの役にたてて喜んでますぜ」
「ああ」
首領は一昨日の掃討作戦で文字通り『身代わり』になった手下を思って、清々しいまでのゲスい笑みを浮かべた。
「-ボス、間もなくホワイトメルの端に出ます!」
「…そうか」
その時、操舵手から報告が入り首領は悪どい笑みになった。
「ボス!俺、一度ナースに『カンビョウ』されてみたいっす!」
「俺は女医に『シンサツ』して貰おうかな~?」
「俺は、スポーツジムの女トレーナーとマンツーマンで『トクベツ』なレッスンをー」
手下達は下劣な顔で、首領に欲望を告げた。
「アーハッハッハッ!勿論良いぞ!
そうだ、どうせなら一船に『センゾク』を作ってしまおう!」
『うひょーっ!流石ボス!』
「アッハッハッハッ!そうだろう!」
手下達の称賛に、首領は高らかに笑った。そして、直後海賊達の船は次々とハイパードライブを終えてホワイトメルの宙域に集結した。
「-ボス、早速『お出迎え』です!」
「分かった!
-野郎共!俺達は、もう惨めに怯えていた頃の俺達じゃあないっ!」
『応ともっ!』
「それを、帝国の連中に見せつけてやれ!」
『オーーーッ!』
海賊達は雄叫びを上げ、防衛隊の戦艦に次々と突っ込んで行った。
-しかし、彼らは知らなかった。今日が自分達の『最後』だという事を。…そして自分達が、『主役』ではなく単なる『引き立て役』でしかないという事を。