-そして、明くる朝。俺はいつものように親父と共に朝の業務を済ませ、その後親父の運転する車で市庁舎に向かっていた。…家族と一緒に。
「-…なあ、本当にこの格好で良いのか?」
親父は、本日で既に三回目の確認をしてきた。…まあ、確かに『ちょっと遠出するような格好』だから不安になるの分かる。
「…繰り返し言うけど、『先方』の指定なんだから大丈夫だよ」
そして、俺も三回目のとなる『今朝方来た通信』の内容を口にした。
「……けれど、なんでまた『私服で構いません』と言って来たのかしら?」
「…まあ、『気を張らないで来て下さい』って意味じゃない?」
「…無理な相談だよ。
全く、未だに祖父さまの起こす『ミュージカル』は続いているんだね……」
予想を聞いた祖母ちゃんは、呆れたように呟いた。…また的確な表現だな。
そんな事を考えている内に市庁舎が見えてきた。
「-…さて、何処に停めるんだったか?」
「一番右端。…そこに、『先方』が待っているから」
「分かった」
親父は、市庁舎の駐車場に入り向こうが指定してきたスペースに車を停めた。…そして、俺はそのタイミングで通信ツールを起動した。
「-もしもし。こちら、オリバー=ブライトです」
『やあオリバー君。昨日振りだね』
すると、穏やかな雰囲気の男性の声が通信の向こうから聞こえてきた。…しかし、まさか昨日話に出た人が『迎え』に来るとはな~。
『…では、早速ですがその車にも偽装を掛けさせて頂きます』
「…分かりました」
彼がそう言うと親父は滅多に使わない敬語で了承した。すると、二つ隣のスペースに停まっている車から発生したフェイクバリアが乗っている車を包み込んだ。
『ありがとうございます。…では、お手数ですが隣にある車に移動して頂けますか?』
「「「「分かりました」」」」
俺達は互いに頷き、車を降りた。すると、隣の車のドアがスライドしていったので俺達は車に乗り込んだ。
-そこは、とても車の中とは思えない広々としたお洒落な空間だった。…流石は最新式の『テレポートカー』だ。まさか、入った瞬間『飛ぶ』とはな。
「「「………」」」
俺が感心しながら部屋を見渡す一方、三人はぽかんとしていた。
「-ようこそ、ブライト家の皆様」
すると、俺達を此処に呼んだ本人…白髪の穏やかな顔の壮年が出迎えてくれた。
「本日は、お招き頂きありがとうございます。
-ブラウジス閣下」
「…っ!は、はい……」
「は、はじめまして…」
親父と母さんはハッとして、俺に少し遅れてお辞儀をした。
「…本当に久しぶりですね」
「…ミラ夫人。ええ、まさかまた直接お会いできるとは、思っていませんでした」
一方、祖母ちゃんはお辞儀した後緊張しながらも懐かしむような顔をした。
「…さ、皆様どうぞ好きな席にお座り下さい」
彼は再びこちらを見て、部屋の中心にあるテーブルを丁寧に指し示した。
「「ありがとうございます」」
「「…あ、ありがとうございます」」
俺と祖母ちゃんは普通と、親父と母さんは未だにおどおどしながら席に着いた。
『-失礼します』
すると、そのタイミングで別のドアから複数人のスーツの男女が入って来た。…うわー、『強そうな』人達だな~。
ちょっと余所とは違う幼少期を送って来たせいか、直感的に彼らがただ者ではないと思った。
そして、彼らは俺達の前に丁寧な所作で飲み物を置いていった。
「どうも」
「「「……」」」
俺はお礼を言うが、三人は呆然としていた。
「-ごゆっくりと、ご歓談下さいませ」
「ありがとう」
そして、彼らは物音一つ立てずに部屋から出ていった。…やっぱ生で見るプロは違うな~。
「…まずは、彼らが淹れてくれた紅茶を頂くとしましょう」
「はい。…頂きます」
「「「……い、頂きます」」」
俺達家族は、出された紅茶をゆっくりと飲んだ。…うわー、流石は政府の要職に上り詰めただけあって、凄いお高い茶葉使ってるな~。
香りと味から、今飲んでいる物が一握りの人しか味わう事が出来ない一級品だと悟る。…なので、じっくりと味わいたいが三人は緊張ゆえさっさと飲んでしまったので、待たせない為に泣く泣く素早く飲み干した。
「ごちそうさまでした」
「…ふふ、やはりヴィクターそっくりだ。こんな状況なのにとても自然体だ。
その能力は、この宇宙時代において最も必要なスキルだ」
「恐縮です」
「「「……」」」
彼と俺がそんなやり取りをしていると、三人は一層緊張した。
「…では、そろそろ本題に入るとしましょう。内容は、同志ヴィクター=ブライトの孫に当たる彼、オリバー=ブライト氏のこれからについてです」
彼がそう言うと、全員の前にホログラムが表示された。
「まずは、同志ヴィクター=ブライトの経歴を改めてご説明しましょうー」
彼は、昨日俺にした説明をより詳しく説明してくれた。
「-…以上が、同志ヴィクター=ブライトの経歴となります」
「「「「……」」」」
彼の説明が終わり、俺達家族は呆然とした。…だが、多分俺は三人とは違うベクトルなのだろう。
…だって、今の話を聞いて最初に浮かんだ感想は『なんて、ロマン溢れる冒険人生だろう』だったのだから。きっと…いや間違いなく今の俺の瞳は子供のように輝いている筈だ。
そして、少しして次の感想が浮かんだ。…まさか、祖父ちゃんも『無重力酔い』だったなんて。
そう、まさかベストセラーになったあのデータノベルのモデルである祖父ちゃんは俺と同じ体質を抱えていたのだ。…そういえば、家にある旅行の『データフォト』には祖父ちゃんは写ってなかったな。
…しかしこれで、何故凄まじい豪運で数多の逆境を乗り越えて来た祖父ちゃんが30という余りに若い年齢で『船を降りた』のかが分かった。
確か、無重力酔いの治療法の研究が本格的に始まったのは祖父ちゃんが引退した翌年。…まあ、多分祖父ちゃんとこの人を始めとした『友人』が色々と支援をしたんだろう。そして、その真の目的は-。
「-気付いたようですね。…そう、同志ヴィクターは自分と同じ体質を持つ君が宇宙に出られるように、無重力酔いの治療法の研究に協力したんです。…本来なら、墓まで持って行ってもおかしくない『データ』を研究チームに渡す形でね」
「…なぜ、お…父はそこまで……?」
その背中を見て育ってきた親父は、実の父の『信じられない』一面に特に困惑していた。
「…全ては、孫であるオリバー氏に自分の果たせなかった『夢』を託す為でしょうね」
「…『夢』……っ、まさかそれが……?」
「ええ-」
-宇宙に人が進出して、およそ数世紀。…今、全宇宙の人々はとある『伝説』を追い求めていた。
『曰く、その秘宝はどんな願いでも叶えてくれる。
曰く、その秘宝は古代文明を解き明かすカギである。
曰く、その秘宝を手に入れた者は無限の幸福がある楽園に行く事が出来る』
-…正直、『この体質』を持つ俺には縁遠い話だった。…だけど今、祖父ちゃんのおかげで目の前に『チャンス』がやって来た。だったら、俺がやるべき事は『意志を引き継ぐ事』だ。
「-…まさに、我々が貴方に頼もうとしていた事はそれです。
オリバー=ブライトさん。どうか、同志ヴィクターの意志を継いで下さい」
俺を見た彼は、深く頭を下げてそう言った。
「謹んで、引き継がせて頂きます」
俺は、興奮で緩んだ顔を引き締めて言った。
「…っ!まさか、既に話し合いを?」
その言葉に俺達家族は頷いた。…彼の言うように昨日の時点で既に三人は『賛成』してくれていたのだ。
「…閣下、どうか孫の事を宜しくお願いします」
三人を代表し、祖母ちゃんが深く頭を下げた。
「「お願いします」」
親父も母さんも、それに続いて頭を下げた。…実を言えば、母さんは連絡が来た後も反対だったのだが『ある約束』を条件に賛成を勝ち取る事が出来たのだ。
「お任せ下さい。…必ずや、彼が毎年同志ヴィクターへ『直接報告』出来るよう最善を尽くさせて頂きます」
…要するに、毎年の祖父ちゃんの命日に戻って来て家族揃って墓前に報告する事を母さんに約束したのだ。
「…では、こちらの端末にて『契約』をお願いします」
彼は取り出したタブレットをドローンに持たせ、こちらに渡して来た。
俺は、内容を良く読んだ上で右手を画面に押し当てた。
「…これで、貴方は『帝国政府の特務捜査官』となりました。…では早速、契約内容に基づき『重力酔い』の治療の為に『ファストピタル』に向かうとしましょう。
ああ、勿論移動の際は医療用カプセルベッドで眠って頂きそのまま治療を行います。…つまり、次に目が覚めた時には貴方は『旅立てる』という訳です」
「…お願いします」
彼のその言葉に、俺は涙を堪えながら深く頭を下げるのだった-。