大真面目にそう言う巨躯の彼を見て、冗談を言っているようにしか見えなかった。或いは、これは夢で狐につままれたのではないかと思う。
私は彼がそれをおずおずでもない口調で言い出したとき、本気なのかどうか、何度もその顔を見返すほど妙な気持ちになった。
騙されている、という念は膨れているのは先刻のロラとの会話に原因がある。彼女は警戒する必要がある、という私の言葉に対し、そっかと返したのだ。もし何かしらの作用が働いているとするならば、ロラ、そして私も、すっかり忘れていなければおかしい。
真面目に言っているフリをして私をからかっている、少なくとも現時点ではそうとしか思えなかった。
「からかうのはここまでにして。数日前、ヴィルヘルミナ様が幻を用いて追い払いましたでしょう。それから」
続きを言おうとして、止める。
馬鹿にしている、という風ではない。だが口許には取り繕われたような微笑があった。
「なあ騎士様。疲れてるのか、夢とごっちゃになってるぞ」
面白い冗談を言ったかのように。
たしかに彼の言うとおり、まどろみのような状況ではある。しっかりと記憶のあるにも関わらず、そんなことはなかったと笑われているのだ。
自分の中では先刻、仮眠から目覚めて起きている。白昼夢ではない。これがもし夢だとするならば、不気味なほど現実感を帯びた夢だ。それはそれで、魔法に掛かっているのではないかと思う。
疲れているという自覚はない。むしろ、警戒体勢であるにも関わらず、休息が存在していることに違和感を覚えているほどなのに。
「いいえ、決してそのような」
ならば村の中に点々と自警団が待機していたのは何だったのか。例えいつも通りの態勢だとして、普段ならそこまで人数は動員していない。
まるで外の見張り全員が帰投したかのような、そんな数だった。
「まあ確かに、警戒かって思うくらいには外壁の見張りがいたな。皆勘違いだったって、さっき帰って来たが。それもおかしな話だよな」
ははは、と彼は枯れ木を折るような調子で笑う。
ただその話で一層、疑惑の花が脳裏に咲いていく。村の中に多数の自警団がいた理由は理解した。みなが戻って来たタイミングであったらしい。
しかしそれ以前。
それまで彼らは自分が立つべきだと思って警戒していたのだ。そこに疑う余地がある。
恐らく先刻、自分が目覚めた辺りの時刻に、警戒体勢という現実が嘘に成った。あるいは。警戒していた理由を皆が忘れてしまった。
それこそ泡沫のような事象。
村長に、今までどうして忘れていたんだろうかと言わしめる魔法。しかしそれならば、どうして自分とロラは覚えているのか。
考察するには材料が足りない。
恐らく、みなに思い出すことを促しても無駄なのだろう。魔法とはそういうものだ。記憶は魔獣の襲来と共に、一時的に思い出されていた。ならば自分がここで警戒をすればいいだけのことである。
もう一度魔獣が来襲し、その記憶が呼び起こされるまで。もちろん、やって来ないことが一番ではあるのだが。
「本当に大丈夫か? 騎士様」
何も答えない私に疑問を持ってか、巨躯の彼が問いかけてくる。じっと探るように私の顔を見つめながら。
「問題ありません。リアム様こそ、何か違和感などはございませんか」
「オレか? いや、別に普段通りだが」
あっけらかんと、巨躯の彼は言った。
否、そんなわけがないのだ。自警団のメンバーは等しく、数日前から先刻まで、交代があったとはいえ警戒の目を張り巡らせていた。恐らく彼も、ここ何日かの一日の休憩時間は普段の半分ほどしかなかったはずである。
いくら魔法といえど、ここ数日のことをなかったことになど出来るのだろうか。緊張感により擦り減った精神と、疲労の泥にまみれた身体。それらを回復してまで、魔獣は記憶の忘却を必要としているのだろうか。
それとも、単に巨躯の彼が疲れていることを申告しないだけか。いいや、むしろそちらのほうがあり得る。私も、一々そんなことを人には言わない。
「本当に大丈夫か騎士様。まだ監視塔に立つには早いぞ、少し戻ったらどうだ」
肩をぐるぐると廻しながら言う。
「いえ、本当に。問題ありませんので」
少しだけ考える時間が欲しかった。そのため巨躯の彼にそう伝えると、独りになるため監視塔へ足を向ける。たしかにいつもの時間よりは早い。しかし今は、少なくとも私の中ではこの村は警戒しなければいけない時なのだ。
おいおい、という心配する声を背中で聞き取る。
肩の凝りを解していたということは、少なからず疲労感を認識しているということだ。それにうっすらと隈もある。ただ彼の場合は、普段からの門番という責務で蓄積されている可能性もあるかもしれない。門番という任は夜通し行う関係上、どうしても身体への負担が大きい。
そのため、これは確定ではない。
ロラも今頃は混乱しているだろうか。彼女は人と喋るのが好きだ。警戒態勢の記憶がある以上はおいそれと外には出ないだろうが、誰かが訪ねて来る可能性は大いにある。
その場合、困惑は必至だろう。
なので、それだけが心配だ。