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episode17 「一体何の話だ?」

 仮眠から覚醒し、いつものように階段を下りていく。

 警戒体勢はまだ終わっていない。私が気絶から目覚めて、それから三日経った今でも。

 陽はだいぶ早く昇るに至り、窓から洪水めいて入ってくる光線が、透明に輝く飴色の板となって縦に薄暗さの中を区切っていた。

 一階へ降りると、図ったようなタイミングで電気が点く。どうやら、ちょうどロラも起きてきたらしい。相変わらずの、遅寝早起きだ。


「おはようございます、ロラ」


 顔の前の燈火を吸い込むような、大あくび。そこへ運悪く私がやってきたので、彼女は恥ずかし気に顔を紅潮させた。


「おはよう騎士様。あははー、恥ずかしいとこ見られちゃったかな」


 俯き加減に視線を逸らしながら、ロラは頬を赤くして羞恥かんだ。


「まだ少し早いのでは」

「ううん、まだ作業残ってるからさ。それにほら、騎士様だってこうして早起きじゃん?」

「私はまだ、警戒する必要がありますので」


 そっか、言いながらロラは首を傾げてこくりと微笑む。


「ねぇ騎士様」


 ふいに呼びかけられた声が、私の耳をくいと引っ張る。


「もしあの魔獣がまた現れたら……」


 そこまで言って、しかして否と首を振る。

 ただ、言おうとしていたことはなんとなくだが読み取れた。不安なのだ。それにあの魔獣は、ロラの両親の仇である可能性がある。そのため、再び姿を現したそのときは、自分に討伐してほしいという意だろう。

 言おうとして止めたのは恐らく、私のプレッシャーになってしまわないよう配慮してくれたからだ。

 なんせあの強大な魔獣だ、それを斃してくれと言うのだからかける負担は大きい。私は出来ることをするだけだが、それでも判断が鈍る可能性はある。

 普段から何かを頼むということをしないロラだ。遠慮や、慣れていなというのもあるかもしれない。

 だが、その願いもあるが、もう一度襲来するならば、もう打ち倒すしかないのは事実だろう。


「はい、お任せください」


 何の根拠もない言葉をみたび吐く。

 思ってもいない言葉を言うことに、最早躊躇いはない。ただどうしてだろう。カルムの者に何の後ろめたさもなしに嘘をつくのは、何故か一瞬の躊躇が生まれる。

 それがロラに対してならば、心なしか胸も少し苦しい。心配させまいと吐く言葉なのだが。

 対し、彼女の表情は微笑んでいる。笑い声も立てずに。その眼が私の後ろめたさを見徹しているのかは、分からないが。


 ロラが鍋に火を掛けた。

 それは作業が始まったことを意味し、同時に私も持ち場に急がねばならないということでもある。

鎧も纏い、大剣を背負う。家を出るとき、彼女は「気を付けてね」という言葉を私にかけた。なので私も、それに応え感謝を伝える。気を付けてという言葉に内包されている意味が、解釈違いでないようにと思いながら。

 玄関を出ると灰青色におぼめく朝日を全身にあびた。

 外には何人かの自警団がちらほらと見受けられる。交代で警戒しているのだ。それに、それ以外の村人もまばらに存在している。

昨日にはない光景だった。

 違和感がないかと言えば嘘になる。ただし、周囲に自警団が待機しているため、わざわざ不用心ではと指摘するほどではないと思った。

 以前の襲来で、この村に人がいることは既に隠せていない。警戒を緩めたことは村長からは聞いていないが、襲撃を告知すれば問題ない。

そう、このときは結論づけた。

 朝日が高く昇るにつれて、村が蜂蜜色に包まれていく。それに応じて、心なしか家から出てくる村人も増えてきている気がした。三日経過したとはいえ、些か気を緩めすぎだとは思う。

 ほどなくして、村の入り口に到達した。見渡すとどうやら門番は巨躯の彼一人で、これも昨夜までは違ったと記憶している。

 もう警戒体勢は解いてしまったのだろうか。たしかに三日も何も起きないのなら、ここは戦場ではないため警戒を緩めたくなく気持ちは分からなくもない。ただ、それならそれで話題程度として出して耳に入れたかった。


「おはようございます、リアム様」


 呼びかける。

 巨躯の彼はすぐに気がついて、稲妻のような素早さで反応し、視線をこちらへ向けた。


「おう騎士様。随分と早いな」


 地に突き刺した戦斧の柄に寄りかかりながら、彼はそう答えた。そこに、特別な警戒心は感じられない。


「念のため。リアム様、警戒体勢はいつ解けたのですか」


 問うと、巨躯の彼は何故かそんな言葉は初めて知ったかと言わんばかりに目を大きくした。


「警戒? 何かあったか?」


 人を食ったかのようなとぼけた表情だった。いたずらっぽく笑い、まるで私がおかしなことを言ったかのような反応。


「冗談はおよしください。四日前に魔獣の襲撃があってから、ずっと警戒体勢だったではありませんか」


 初めての夜を明かしたときと同じ、誤魔化しているようには見えない顔。そもそも、私を騙して遊ぶような内容ではないのだ。だがしかし、今までの彼の傾向を見るに、性格は軽くとも出鱈目な報告をした記憶は一度もない。


「四日前に魔獣? 一体何の話だ?」

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