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episode16 「自分に無関心になるのはおよしになって」

 私の源流。

 即ち、私は何者で、どこで発生したのか。そして、どこからやって来たのか。それを知る手掛かりの一端だと、そう彼女は言っているのだ。

 だが、私の中でその優先度は決して高くない。

 知りたいとは思う。

 しかし、私は私がカルムで果たすべき使命、それを何よりも優先したい。


「もしリーデ様が、ご自身の出自が分からないとしたら、知りたいと思われますか」

「はい。間違えなく」


 そう、彼女は判然たる言葉遣いをする。朗々としたその口調には、自信と、私の抗弁すら許さぬ響きがあった。


「自分が何者であるか、というのは少なくとも行動理念になると私は思います。私が生まれた国はなくなってしまいましたが、その後はここで育った。だからここを護っているのです」


 そして、どこで生まれたかを知っているからこそ、復讐のために蝿の魔獣を探しているのか。私も、このような境遇にした者を知っていたとしたらその者を探すのだろうか。

 現状、カタツムリの魔獣曰くこの国の宰相がそうと言えるが、きっと彼女が言いたいのはそういうことではない。

 そもそも私がどこで生まれ、そして私を捨てたのは何故か。私とは何なのか、きっとそういった意味で言っているのだ。


「……分かりません」


 手がかりすらない、いまこの状態で。私を探そうなど、現実的ではない。それこそ、世界の何処かにある落とし物を見つけようなんて途方のない話。

 否、正確には白髪という鍵が握られている。しかしそれこそ、この世界に白い髪を持つ民族がどれほどいるだろう。想像もつかない。

 唯一、鍵となりそうな、幼子である私を拾ってくれた義父はもう既にこの世にはいないのだ。

 それよりも、今は魔獣のことを考えたほうが効率的というもの。そうして一度だけ強く瞬いて、私事に対する思考を削ぎ落した。


「いずれ分かる、そんな気がします。なので騎士様、自分に無関心になるのはおよしになって」


 形容の出来ない、妙な表情だった。笑うような、はにかんだような、不思議な顔の歪め方。心配しているのか、憐れんでいるのかも分からない。

 困惑で、どう反応するのが正しいのか迷っていると、彼女はふっと軽い微笑を左の頬に浮かべた。


「申し訳ありません、困らせてしまいました。ですが騎士様にもきっと来るはずです。いざというときに、自分がどこに在るのかを考えるときが」


 言った、瞬間。まるで天井から糸で釣り上げられたように、長槍の彼女はふわりと立ち上がった。そしてそのまま、すっと消え入るように出て行ってしまう。

 残された私は、ただ鬱悶を抱える他なかった。


 村長の家を出る。

 居間では村長と副村長がおり、もう大丈夫なのかという声を掛けられた。元々、目が覚めたそのときから大した不調はない。なので、問題ないという返答すると、今は三人態勢で門番がいるから一端ロラの家に戻れという指示をもらった。

 どうして、私がこのまま責務に戻ろうとしていることに気がついたのだろう。

 疑問に思いながら、その場を後にした。

 外は相変わらずしんと静まり返っていて、ただ自警団が何人か佇んでいる。陽の位置から察するに、時刻は昼前かその辺り。人気のない村を歩いて行く。だんまりとしており、髪を梳く音すら聴こえそうだった。

 その中を、私の足音だけが地面に落ちていく。

 ほどなくしてロラの家に到達すると、扉の前でふうっと大きく一つ息を吐いた。以前に叱られた記憶が頭をよぎったためである。

 扉に手をかける、が、しかし。

 微動だにしない。

 まるで何かで塗り固められた風に。鍵を掛けて鎖し、玄関は口を閉ざしていた。

 保安としてはそれが正しい。ただ、普段から村人は家の扉に鍵を掛けないため、些か困惑してしまったのだ。それもそれで、普段から少し警戒心を持ってほしいとは思うのだが。

 当惑に眉を顰めていると、唐突に家の内側で開錠する音がした。


「誰かな?」


 声と共に、扉が開く。


「戻りました」


 言うと、途端に漂白されたような温和な表情になってロラは私を出迎えた。恐らく先刻まで眠りについていたことは聞いていないのだろう。そうでなければ、「お帰り騎士様」なんて落ち着き払ったような声で出迎えたりしない。経験では、ここから心配したと声を大きくして私を窘める。

 しかし彼女のそれは、本当に落ち着いた、感情の乱れを感じさせない穏やかな視線だったのだ。


「お疲れ様、もうお昼前だよ」

「申し訳ありません、少し村長の家にいたものですから」

「そうだったんだ」


 澄んだ眼と、柔らかな光を湛えたような微笑。

 家に入ると、珍しくいつもよりも少しだけ散らかっていた。いつも整理整頓がきちんとしているロラにしては、珍しい光景である。机の上には知的難民のように本が積み上げられ、薬液を生成したあとであろう鍋が、何個か洗われずにそのままになっていた。


「ごめん騎士様、散らかってて。新しい薬を作ってたんだ」

「いえ。ですが、少し珍しいなと」


 照れ隠しのつもりか、肩を少しすくめて見せる。

 どこか違和感を覚えながら、待機を命じられている私は借りている空間である二階へと上がった。


 そうして、警戒体勢はしばらく続いたが、魔獣はやって来ないまま三日が経過した。

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