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episode15 「それが騎士様の源流に繋がるのではないでしょうか」

 無理はしないよう、奥様がそう釘を刺しながら退出する。まるで私の僅かな倦怠感が分かっているかのように。


「さて、騎士様」


 改めて、長鎗の彼女がこちらを見据える。

 とても真剣な目で私を見ていた。睨んでいる、といったほうが近いかもしれない。


「何故、無事なのしょうか。それも無傷で」


 秋霜の語調で。問う調子にはひどく差し迫った雰囲気すらある。


「私にも分からないのです。思うに、あの魔法に攻撃性がなかったのだと思います」

「余波で私も倒れているのですよ? あれが目くらましにはとても思えない」


 たしかに、そう思うと同時に額が重くなるのを感じた。答えようにも答えがなく、大きな塊がこめかみに滞在して頭痛の要因となる。

 あの魔法は閃光のように飛び散ったのではなく、明らかにこちらへ放たれていたのだ。従って、何かしら影響のある攻撃である可能性のほうが高い。

 それなのに。

 今のところ私が感じる違和感は少し身体がだるいというだけ。

 彼女のほうへ視線を向けると、少し呆れたような、露骨な愛想笑いを浮かべた。


「私には何か、騎士様が特別な術を使ったに思うのですが」


 長槍の彼女が私の目を覗き込む。

 問い質すように。

 しかし、それこそ思い当たるところがない。私はあのとき、単純に剣を盾のように構えただけだ。それ以外、特別なことはしていない。

 そもそも、私に魔法の類の心得はないのだ。あの攻撃を防ぐ手立てなど、武具しかなかった。そこへどんな術を使ったのかと問われたところで、分からないと答えるしかない。


「あれは攻撃、それもかなり広い範囲を破壊する目的で放たれた魔法のはず。なのに、騎士様は身ひとつでそれを防いでしまった」

「……威力の問題では? 似たシーンを経験しました。その魔獣も、身から熱波を放つ魔法を放ちましたが私に影響はございませんでした」


 なるほど、そう言って感慨深く考え込むように腕を組む。悩んだ顔についた閉じた眼が、切り傷のようだった。

 あのとき。

 半蛇が渾身を以て放った熱波。周囲はたしかに高温で、私自身も溶けてなくなってしまいそうなほどだった。それなのに、いざ放たれた魔法は拍子抜けするほどに影響力は無く。まるで一瞬だけ存在を煌めかせ、散る、花火のように。

 記憶を辿ると、魔法の影響が少なかった事はそれだけではない。

 歌うたいによる、命を沈める歌。

 本人はそのように言っていた。聞かせた対象の命を奪い取る恐ろしい魔法。しかし結果として、今回と同じく無力化こそされたが、意識を失う程度で死ぬほどではなかった。

 単に幸運だっただけのように思う。

 昔から、戦場においての悪運だけは強いのだ。矢が突き刺さったとき、剣が振るわれたとき。そして、魔弾が撃ち込まれたときも。偶然にも致命傷には至らなかった。もしも私が魔法に対して、特別な術があるとするならば、それらはどう説明出来よう。

 ゆえに、やはり振り返った魔法たちは、攻撃性の低いものだったとするのが私の結論である。

 ただ長鎗の彼女は、長い間もの思いに耽っていた。きっと、私の結論とは別に引っかかることがあるのだろう。だがどういうわけか言わず、思考は捏ね回している。

 いまこの時間が、私には有益であるようには思えなかった。悪運が強い、それに対して何か理由づけようとしているようにしか見えない。


「リーデ様。私の悪運の強さを、そのように考える時間はもったいなく思います」


 警戒態勢であるにも関わらず、長考しているこの時が惜しいように感じた。それが私の運程度に対してならば尚更である。無事であり、守護を継続できる、それでいいではないかと。

 しかし長鎗の彼女は違う。思い入った決心を眉に集め、真剣な顔つきで眼前を見据える。


「私の輝く蒼眼を覚えていますか。以前野盗が接近した際にロラさんの家で見せたあれです」


 印象深かったため、その光景ははっきりと私の心内に焼き付いている。

 野盗を手引きしたのは自分かという問いに対し、私はいいえと答えた。その途端に彼女の左目が蒼く輝いたのだ。あまりに綺麗な蒼であったと同時、私を肯定してくれた場面でもあったため、忘れることは出来ないだろう。


「……覚えています」

「私のこの眼は言葉が嘘か真かを見抜く力があります。あのときも、私たちを裏切っているのかを確かめようとしました。ですが、」


 何かを吹っ切るように、ふうと短く息を吐く。

 やはり、あれは真実を見極める魔法であった。結果として、その眼のおかげで、私は疑われずにこの村に居続けることが出来たと言っていい。


「一瞬ですが、何かが妨害してきたのです。それが騎士様にかけられた魔法なのか、はたまた守護霊的なようなものなのかは、分かりませんが」


 嘘を言っているようには見えない。

 だがし、あまりに突拍子もない話に、返す言葉を考えるのさえしなかった。

 私の中にいる何かとは。

 守護霊とはいうが、幽霊など与太話だ。亡霊と呼ばれる身であるあるが。それを私の中にいる何かが妨害してきたなどと。まさか盾持ちの兵士が超常的に私を護ってくれている、などとでも言うのか。

 しかし当の彼女は、自分が間違っていることを言っているという風には微塵も見えない。ならばきっと、冗談のつもりではないのだろう。

 ただ果たして、一体どう反応したらいいのか。彼女の投げかけた波紋は、あまりにも現実味がなさすぎる。その一石は私の脳内で瞬く間に混乱として広がっていき、頭痛の要因となった。


「私を護る何か……」


 吐き出すように、思わず独り言ちる。


「それが何かは分かりません。ですが、それが騎士様の源流に繋がるのではないでしょうか」

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