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episode13 「少なくとも騎士様のお陰で」

 ふいに目が覚めた。

 まだ魔獣の攻撃による眩しさが残っており、目は滲み入って軽い眩暈さえ覚えるほどだった。

思わず目を眇める。

 それでも腕を額に翳しながら、周囲の景色を見廻す。しかし、目を凝らして見ようとすればするほど、灯りが視界を塞いでしまう。

ここはどこだろうか。

 どうして自分は横たわっているのだろう。早く、早く視界と安全を確保しなければ。

 心の中を掻きむしられるような焦燥感を感じる。


「あぁ、気がついたようですね騎士様」


 頭の上からする、聞き覚えのある声。

 そのため少しだけ、気持ちが和んだ。


「リーデ様」


 徐々に視界が戻って来るのを感じながら、身体を起こす。


「身体に違和感などはありませんか」


 一瞬だけ腰を据えて、思案する。

 不調はない。

 あるとすれば、少しだけ全身に気だるさがあるくらいか。ただ、活動する分には問題ないように思う。


「問題ありません」

「そうですか」


 言って、微笑。

 ほんの少しだけ間があったのが引っ掛かるが、あまり考えないようにしよう。

 改めて、周囲をぐるりと見渡す。

 見覚えのある、部屋。飾り気のない、休むために設計された場所。どうやら自分は村長の家に寝かされていたらしい。一度だけ寝泊りした際の記憶が、いまの風景と一致する。

 恐らくはロラの家よりはこちらのほうが近いため。そして、起きた際に事情を聴くのがこちらのほうが手っ取り早いからであろう。もし村の入り口のすぐそばに彼女の家があったなら、そちらに運ばれていただろうが、その場合は村長や長鎗の彼女などが、ロラ宅に押し寄せる形になってしまっていたに違いない。

 扉が荒々しく開かれる。

 同時に村長と奥様、それと副村長が慌てて入ってくる音だった。


「おう、起きたか騎士殿。重畳だな」


 軽く微笑みながら、顔には固唾を呑んでいるような真剣さも見られる。そんな風。


「お父様」


 しかし私が村長に反応する前に、長鎗の彼女が対応してその声を糸のように絡める。


「リーデ、騎士殿の調子はどうだ?」

「とりあえずは、といった風でしょうか。ですが病み上がりですので」


 あぁ、そう口にしながら頷く。

 病み上がりですので、というのはきっと様々な意味合いが含まれているだろう。その気遣いには感謝する。ただ、自分はもう活動が可能だ。


「いいえ、平気です。このまま見張りを再開出来ます」


 拳を握り、そして開いて確認する。やはり少しだけ倦怠感があるが、警戒を差し置いて休むほどでもない。


「いいえ騎士様。魔獣は退いて行きました。ですから、一先ず待機をお願いします」


 立ち上がろうと膝を立てる私に対し、しかして肩に手を置くことでそれを停止させたい意思を彼女に感じた。魔獣は退いた、その言葉にいったんはその焦燥感を押しとどめるに至ったためである。


「退いたの、ですか?」


 落ち着いて、聞き返す。

 それが都合のいい嘘ではないか質すために。


「はい。退きました、間違えなく」


 口元を引き締めて、私をしっかりと見据えて。

 その言葉で、重荷を一つ下ろしたように感じた。思わず息を一つ吐く。


「ご苦労だったな、騎士殿」


 機を見計らったように、村長が口を開く。

 ただ、まだ安心は出来ない。いったん脅威は去ってくれはしたが、戻ってこないという理由はどこにもない。魔獣の口振りは、もう来ないとも、戻ってくるとも取れる気がした。

 一先ず待機、ということは警戒はしているということだ。ならこの場を離れ、早急に復帰しなければならないという状況ではない。恐らくは皆、私の様子を見つつ報告を貰いたいはずだ。

 お互いに。


「リーデ様から報告はあったとは思うのですが、魔獣の襲来を受け、対応致しました。その攻撃に対し防御し、気絶するに至りました。不甲斐なく、申し訳ありません」


 頭を垂れる。


「いいや、魔獣の魔法を防いだんだろ。よくやったと思うぜ、俺は」

「えぇ、少なくとも騎士様のお陰で被害は出ませんでした」


 報告に対し、情けで親子が労りの言葉を投げかける。被害が出なかったという言葉で、少しだけ安堵感を得た。

 ただ、気絶してしまったのは落ち度が大きい。魔獣が退いていなかった場合、私はその後の防衛に参加できないということだ。それでは騎士である私の存在意義がない。

 魔獣の攻撃から村を護ることが出来たのは幸いだった。しかし、やはり討伐という結果を出すのが一番だっただろう。


「その場にいた私でも、あれから余波で数時間気絶をしていたのです。それを一身に受けた騎士様は、やはり功労は大きいと思います」


 勲章を受け取っているような、そんな心持ち。ただ今まで受けたどんな勲章よりも、その言葉には価値を感じる。

 しかし彼女が数時間気絶してしまったということは、私は少なくともそれ以上の防衛を離れているということだ。なので、やはり功績よりも落ち度のほうが大きいように私は思う。


「まあ、討伐しきれなかったのは悔やまれるけどね」


 副村長がろくろを回しながら、深い息を吐く。


「やめねぇかラヴァーグ」

「いいえ、その通りです。その後の脅威を取り除けなかった。それを申し訳なくおもいます」


 事実半分、嫌味半分といったところか。

 その言葉に対しては私も同意見のため、特に思うところはない。


「あの魔獣自身、明確に人に敵意のある旨を言っていました。ですから、もう一度襲来する可能性は十分にあると考えられます」

「会話があったのかい」

「はい、人を襲うことに愉悦を感じているとも。ですから、やはりあの魔獣は仕留めておくべきだったと。そう思います」

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