遠征準備のためにロラの家へと戻る。
ロラは再び治癒液の制作をしており、まだ朝食は済ませていないとのことだった。曰く、私が戻って来るまで待っていたと。
ただ自分としては朝食を摂っている余裕はない。恐らく先遣隊がいるだろうことから、あまり遅くなると面倒な事になる。それに私が対処しなければそれだけ村に危機が迫るということにもなるのだ。
自分の朝食など後でいい。
ただ待っていたロラに対しては心苦しく思う。
申し訳ないと伝えると、彼女は「自分が勝手に待っていただけ」そう言った。
心苦しく思う。
そんな心の呵責が生い茂るのを感じながら、二階へ荷物を取りに行く。
国から賜った鎧を身に着ける。
此処の所、肩鎧と手甲、それと白の外套という装備だったため、鎧を装着するのは久々だ。いつもは腕部分だけで充分だったが、国の命令による討伐で、これを装備しないというわけにはいかないだろう。
正直なところ、巨大な魔獣という情報しか聞かされていないため、備えといっても装備を整えるくらいしか思いつかない。
どんな形容なのか、どれほどの巨体なのか。
巨体といって思い出すのは、カルムへ来た初日に遭遇した狼の魔獣だ。たしかにあれほどの巨体だった場合、迅速に対応しなければならないだろう。
念のため簡易食料も持っていく。
南方と聞いたが、一体どれほどの距離なのかは聞かされてはいない。さほど離れていないならば、巨体と言われるその姿が確認出来てもおかしくはない。
そのため、移動距離によっては日を跨ぐ可能性も十分あるだろう。
階段を下りる。
出立しようとすると、ロラはこちらを一瞥して「いってらっしゃい」という言葉を掛けた。
いってきます。
そう返して家を出た。
外は朝日の明るさが加速度を増していた。
本来なら監視塔へ立つ時間である。だが今日の自分はそこを通過して、さらに外へ出て行く。この村の脅威と成り得るものを取り払うために。
ようやく、カルムの騎士としての役目を負える。
そのために。
入り口の巨躯の彼に一言入れて、村を出た。
「ちょっと待って、騎士さん」
しかし、呼び止められる。
振り向くと、そこに青い貫頭衣に肩ほどの黒茶色の髪を持つ女性が立っていた。
自分が知る村の住人の中で、最も意外な人物。いつもは昼過ぎに活動を開始する、その彼女。ロラの幼馴染である鍛冶師のブリジットその人であった。
「ブリジット様」
思わず声に出てしまう。
意外なのは人物だけではなかった。
その両手には、鞘に収まった一振りの大剣が握られている。
「ロラの家に行ったら、ちょうど出て行ったところだって言ったから。これ、重いから早く受け取ってよ」
都合の良すぎる頃合いだった。
以前、鞘が壊れてしまった際に依頼した武具。それがまさか、今まさに村を出立しようとするこのタイミングで来ようとは。
心が疑いに傾斜する。
確かにいま私は、むき出しの大剣を背負って村を出立しようとしている。
鞘はあったほうがいい。
剣の鋭利さを保つため。
周りを傷つけないように刃を隔離するため。
だがあまりにも都合が良すぎて、誤解なのではないかと自分を疑ってしまう。
「珍しいなブリジット。完成品持ってるってことは、また徹夜か」
巨躯の彼が口を開く。
「そうだよ、僕は夜のほうが集中出来るの。だからほら」
決して大きくはない身長には不釣り合いな大剣。それを、あろうことか彼女は早く受け取れと片手で突き出してくる。あの細腕で、私よりも背丈のある大剣をどう持ち続けているのだろう。
ただ、なるほど。
話を聞くに、鍛冶師が武具を制作し完成させるという工程を行うのは夜通しらしい。それならば彼女がここにいる理由に説明が出来る。
「ありがとうございます」
都合のよさに納得は出来ないが、礼を言って受け取る。
手に取ると、普段使っている大剣よりも若干重いことが感じ取れた。持ち歩くことに問題はないが、いざ揮う際に些か速度が落ちないかという不安が湧き上がる。
「これ、貴重な資源を使った僕の特別製だから。大事に使ってよ」
言いながら、こつこつと指で鞘を叩く。
変に遠まわしな言い方。
「特別製、とは」
「んー……、鞘と帯革のほうだけだけど」
鍛冶師は面倒くさそうな口ぶりで答える。
そしてふわっと欠伸をすると、眠たげに瞬きをしながら話に帯革を私に投げ渡した。徹夜をしたから眠たいのだろう。仕方がないが、せめて特別製の説明だけはしてもらいたいところである。
「まあ帯革を外さなくても、横にスライドすれば剣が引き抜けるってことだけ知っておいて」
眠気の限界なのだろう。
よく分からないことを言い残して、そのまま踵を返してしまった。
なんら意味の分からない言葉。
帯革を外さなくても剣が引き抜けるとはどういうことなのか。考えてもよく分からないため、その場は気に留めておく程度にしよう。
持ってきた大剣はどうするべきだろう。悩んだが、巨躯の彼が自分に渡すよう言うので引き渡した。すると彼は入り口付近に大剣を突き立てて言う。
村を不在にする際はこうするようにしたらいい。
腕を組み、ほくそ笑みながら。
彼がそれでいいと言うのならまあこれでいいだろう。
そう落とし込んでいつもより少し剣を背負うと、改めて村を出立した。