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episode2 「しっかり帰ってきてくれ、頼む」

 とはいえ、これから直行というわけにはいかない。

 一時的に村を離れること、そして万が一の危機があることを村長に伝えなければならない。

 朝早い時間だが、起きてはいるだろうか。

 少なくとも、朝が遅い印象はない。

 しかしその前に。

 一つだけ、目の前の彼に聞いておくことがある。


「リアム様。魔法使いが隠れていた、というのは」


 その問いに、巨躯の彼はばつが悪そうに視線を地面に下げた。


「隠してたわけじゃねぇんだ。ただ、別に言うほどのことじゃねぇって……」


 尋問でもしているような、そんな感覚。

 当然、どうしても聞き出そうなんて気は私にはない。ただ魔法使いが隠れていた、とはどういうことなのか気になっただけだ。

 ただ、私には話しにくそうな話なので、それ以上は聞かないでおく。

 お前には関係ないと言われているような気分にもなる。

 だからどうということはない。

 騎士をするうえで、村の事情を探る必要はない。


「ここにはロラ以外にもちらほら魔法を使える奴がいるんだが」


 不意打ちのような告白。

 巨躯の彼は一つ息を吐き、私を見た。

 真っすぐに、見据えている。

 白状しよう、という顔つきだった。


「あいつが言ったとおり、一人見つかった。首都には魔法使いが全然いないらしくてな、国に貢献しろだのなんだの言われて連れて行かれた」


 少なくとも、私は風使いの商人以外魔法使いというものを見たことがない。最近まで首都にいた私がである。それくらい珍しいのだ。

 ロラが使用する様を何度か見てきたが、相当に便利な現象である。それを国が利用しないわけがない。

 騎士や兵士が、首都から離れた町や村の様子を見るのは魔法使いを探すという理由もあるのだろう。

 左遷によって騎士となった私には、どうでもよい話だが。

 それに密告したくない理由が、今の私にはある。カルムの村人を護るには、密告という行為はそれに一番背く行為だ。

 私があの兵士に伝えなければいい。

 国に反する行為だとしても。

 私は、それでカルムの騎士で在ることが出来る。


「事情は把握しました。ですが、私が魔法使いの存在を密告することはありません」


 信用しろ、とは私の口からは言えやしない。


「……へっ、そりゃありがたいね」


 巨躯の彼は力なく笑みを押し出した。

 それが本心なのかは、まだ推し測れるところではない。

 会話できる間柄であることと、信用されていることは、イコールではないのだから。

 どうということはない。

 信用されるなど、私には無縁の言葉。

 別に、問題はないはずだ。


 そうして村の入り口を後にすると、その足で村長の家へと向かう。

 空には既に朝日が赤々と昇り、乳色の光りが村全体に降り注いでいた。暖められていく空気の匂いを感じながら、歩を進める。

 往路ではまばらだった村人は、この時間になると多くが活動し始めていた。

 その中には見知った顔もあり、例えば双剣の彼女とその夫。彼は今から出稼ぎに行くらしく、彼女はその見送りに出てきたという。

 その者らに挨拶を交わしながら歩いて行くと、やがて村長の家にたどり着いた。

 青い屋根の家。

 家の扉を叩く。

 すると、もう聞き慣れた奥様の声がする。

 次いで私であることを伝えると、ぱたぱたと物音がしたのちに扉が開いた。


「騎士様。どうかなさりましたか」

「おはようございます、奥様。朝早くに申し訳ございません、村長はいらっしゃいますか」

「少しお待ちください」


 言って、家の中に引っ込むと村長を呼びかける声がした。

 普段より少し大きめな声を出していることを鑑みるに、家の奥にいるのか、或いはまだ起床前だったか。

 後者であった場合少し申し訳ないが、報告しないわけにはいかないため、目を瞑ってもらいたい。

 しばらくした後、村長がトロトロした風に現れた。


「ふあ……どうしたこんな朝早くに」


 どうやら本当に寝起きだったようで、村長は自分の肩を叩きながら大きなあくびをした。確かに朝遅い時間、というわけではなく眠っていてもおかしくはない時間帯ではある。


「おはようございます、村長」


 今までしっかりと目覚めた姿でしか相対してこなかったが、朝の目覚めが苦手なのは少し意外だ。


「みっともねぇ恰好ですまねぇな、どうも朝は苦手でな」


 言いながら首筋を掻く。

 寝起きとはいえ、たしかに素肌を晒した上半身に上着を羽織っただけの姿は、もう少し体裁を気にしたほうがいいと思う。


「いえ、こちらこそ朝早くに申し訳ありません。実は近くに魔獣が出現したとの報告を受けました」


 報告すると、村長はようやく覚醒してきたようで「魔獣……?」と独り言ちながら頭を掻いた。たしかに近辺に魔獣の出現となれば、流石に目覚めざるを得ない状況である。


「討伐しろとの命令ですので、一時的にカルムを離れることを伝えようと思いまして」


 不意に口元を引き締めて、私を見る。


「なるほど。お上さんの命令とあっちゃ、行くしかねぇか」


 頷く。


「承知した。こっちのことは任せな」


 あっさりと、村長は承諾した。

 魔獣は村の南方に出現したという。ならばカルムにも少なからず危機の可能性があるということであり、即決したのはそういう事情だろう。


「あんましとやかく言うつもりはねぇが、騎士殿。しっかり帰ってきてくれ、頼む」

「……肝に銘じます」


 まるで自分が戦地に行くかのような真剣な表情。

 無論そのつもりではある。だがしかし、今回の相手は魔獣だ。未知の攻撃方法で、抵抗する間もなく殺される可能性は十分にある。

 騎士として、帰って来る意思はある。ただ、その意思を果たせない場合も考慮しなければならない。

 それが、戦地へ行くということだ。

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