させるものか。
そう思う前に体は動いていた。
理由づけをしている余裕はない。
走るのに邪魔な剣をその場に放り出して、巨躯の彼のもとに突っ込む。大槌は頭上から降って来るため、ただ盾になるだけでは彼を護ることは出来ない。
なら無理矢理にでも退いてもらうしかない。
負傷している身に対しては酷だが、いまはそんなことを言っている場合ではないのだ。殴りつける勢いで突進すると、巨躯の彼はそうして大槌の範囲外へとよろける。肩鎧がなければ、私の体格では彼を押し出すことは出来なかっただろう。
低い獣めいた呻き声がひとつ。
負傷したうえに体当たりを食らった巨躯の彼の声だ。だがいまそれに気を向けている余裕はない。
「騎士様!?」
その呼びかけにも。
振り下ろされる大槌に対し、腕をバツの形を模して突き出す。あの大きさの大槌に対してでは、気休めにもならないだろうが。しかし何所でその攻撃を受けるかと問われれば、やはり装着した手甲だろう。
私が生存する可能性は、そこで受け止める以外他にない。
そうして、私はその瀑布のような一撃を受け入れた。
だがしかし、やってくるはずの死にも至る重撃は、いつになってもやってこなかった。
「なんだ、どうなってやがる!?」
代わりに聞こえてきたのは、焦燥感を孕んだ乱れた音声である。
無理もない。
それは私が一番知りたいことなのだから。
手甲は砕け、私の手は完全に露出してしまっている。大槌の一撃により足元は円形に窪み、その破壊力は明らかだ。土煙が舞い上がり、あたか も煙幕でも張ったかのようである。
それなのに。
「なんで無事なんだてめぇ! ぶっ潰れてるはずだろうが、普通ならよぉ!」
私に振るわれた大槌。
だがその一撃は私を粉砕するには至らず、それどころか何故か手首が痺れる程度の影響しかない。代わりに手甲が砕けてしまったわけだが、それほど頑丈に作られていたのだろうか。
それほどに頑強な手甲を身代わりにしてしまったのなら、申し訳ない。針で突くような痛みを鋭く良心の一隅に感じられずにはいられない。
今の私が感じているのは痛覚ではなく、後ろめたさと手首にのしかかる大槌の重量だけだ。
重い。
手首から肉、そして骨へと伝わる滝に打たれているかのような重い量感。
「き、騎士様? 大丈夫なのか……?」
横から、恐る恐るという風に巨躯の彼の声が聞こえる。
「平気です」
言いながら、不思議に思う。
どうして無傷なのか。
だがしかし、今は手甲のお陰という以外考えている余裕はない。
呆気に取られている男の腹部に蹴りを叩き込むと、同時に大槌の柄から手が離れてふらふらっとよろめいた。
担い手がいなくなり、のしかかる大槌を除ける。ずしんと重々しく着地する音がした。
男はすぐに態勢を立て直しており、私へ拳を揮う。圧倒的な体格さに加え、大槌を支えながらの一撃だったため、たいした痛手にはならなかったらしい。
ただそれでも、一瞬怯んだことは私が態勢を立て直すには十分すぎる時間だった。
放たれた拳を屈んで躱す。
舌を打たれる。
その一瞬の隙を縫って、今度は私が男の顎目掛けて拳を振り上げた。男は一瞬浮き上がり、その後あっちこっちよろけながらなんとか横臥だけはしまいと足を強く保つ。手甲が残っていれば一撃で終わっていたのだろうが、ないものは仕方がない。
それに、まだ一撃で終わらせる術がないわけではない。
男が私に振るった大槌。
それがいま、私の真横にある。
「ま、待て」
大槌の柄を握ったのを見て、男は眉間に皺を寄せて困ったようにそう口にした。その威力は男が一番知っているからだ。
だが、関係ない。
大槌の柄を握り締めると、そのまま男が射手の彼にしたように放り投げる。放ったそれは横回転しながら男のもとへ一直線に向かい、そして男の二の腕付近に直撃した。
押しつぶすような呻き声を上げながら、吹き飛んでいく。顔面に叩き込めなかったのが少し残念だが、彼は生かしておく必要があるだろう。
急いで男のもとへ駆け寄る。
男は水から揚げられた魚のように、ただ荒い息をしながら平原に横たわっていた。大槌の一撃により粉砕された左腕は見た限り、少なくとも戦闘に使用することは二度と出来ないだろう。
まあ、もう使う機会はないと思うが。
「クソが」
誹る。
だがそれは完全に無視し、地面に放り出された左腕に膝を置いて、抑えつけるように全体重をかける。途端に断末魔のような絶叫が鳴り渡った。村中ところか、半蛇が棲む森まで届くのではという勢いの悲鳴。空を引き裂くような大声は、左耳から右耳へと、貫かんばかりに鼓膜を震わす。
痛みに耐えるため、平原の草を引き挘りながら。
少なくとも骨は砕かれているのだ、それくらいの反応は普通だろう。
「いくつか聞きたいことがあるのですが」
「あぁ!?」
苦痛からか、怒鳴るように答える。
「まず、どこに潜んでいたのですか」
膝を少し浮かせながら問う。
すると一つ落ち着くためか、一つ大きく息を吐いた。
「あっちのほうにでかい一枚岩があるだろ、そこだ。蜥蜴の魔獣がでかい洞窟を作ってたんでな、追い出してそこを拠点にしてた」
なるほど。
あの巨蜴の魔獣は、つまりはそんな理由で外を徘徊していたのだ。長鎗の彼女が言っていたよほどの事とは、野盗のせいだったらしい。たしかに斬るのではなく叩くのであれば、あの魔獣には有効と見える。追い出されるに至った敗因は、そんなところだろうか。ただこうして殲滅したからには、魔獣には元の住処へ戻ってほしいところである。
「もう一つ。どうしてカルムを?」
しかし男は牛のように押し黙って答えない。
なので、いま一度、膝に体重を掛ける。
「ぐっ……、言っても分かんねぇだろうよ」
「それは私が判断することなので」
その言葉に、男は少し沈黙した。
「突然思ったんだよ、襲えねぇかって。それまではこれっぽっちも思ってなかった」
確かに、それは意味の分からないことだ。それまでやろうと思ってもいなかったことを、急にやろうという気になるなど。気まぐれでやるにはあまりにリスクが大きい。
ただ、突然思ったというその言葉に、私は覚えがあった。