戦場に戻る途中、敗走する何人かの野盗に遭遇した。
一人だからと襲ってくる者もいれば、そのまま私の横を通り抜けて行こうとする者もいる。素通りする者からは戦意を感じられず、手を下すこともない。
だが襲い掛かってこられると対処せざるを得ない。特に二人以上で固まって逃げている野盗は、敗走してきたとは思えないくらい強気だ。しかも、戦利品である魔弾の発射装置を見せたところで、あまり意味を為さない。
仕方ないため、そういった輩は切って捨てていく。
そうして来た道を戻ると、果たして戦況は一変していた。
あれほど人で溢れていた村の入り口は十数人ほどとなり、野盗に至ってはほとんど見当たらない。一人の男を中心に何人かの野盗がいるだけである。
恐らく頭領、或いは野盗の中でも上位の者。肩には大槌を担ぎ、黒いマントをなびかせている。白茶の髪は縮れてとりとめがない。軍馬のように逞しい身体つきで、その背丈は巨躯の彼に引けを取らないほどである。
対して、自警団もかなり数を減らし、今は十人いるかどうかというところだ。ただ、転がる亡骸たちを見るに自警団の姿はほとんどない。恐らく負傷して村内に退いたのだろう。
そうであってほしい。
「騎士様」
私の帰還に気がついた双剣の彼女が、荒い呼吸のまま私を呼んだ。同時に戦士たちの目が一斉に注がれる。
「やったんだよな」
射手の彼の問いに、私は戦利品を掲げることで答えとした。それと同時に残った自警団の顔には、おりから吹き出した風のように、静かに、安堵の表情が溢れ出る。
改めて、戦地を見渡す。
射手の目はあれからずっと私に向いていたため、初めの二人以外射殺された者はいないとは思うが、それでも戦闘を続行出来る者はそう多くない。いち小隊と思えた野盗の集は、最早目の前にいる大柄な男とそれを取り巻く何人かだけとなった。
あれから、かなり奮闘したと言える。
とても強い村だ。
そう思う。
私という騎士が必要ないほどに。
だが、
「やるじゃねぇか、助かった」
自警団の誰かがそう、明確に私に宛てた言葉ではなく独り言ちた。おぼろげな誇りを感じる。それだけで、射手を倒してきた意味があるというもの。
「そうか、あいつはやられたのか」
しかし、水を差す者がいる。
野盗の中で存在感を放つ、マントの男。
「頭領、ですか」
明確にするために問う。
答えはない。ただ私の顔を見て、顔を顰めた。
考えられる理由は二つ。この局面での援軍ということだからか、或いは単に私の髪色に対する嫌悪か。
どちらも可能性があるため、分からない。
相対するのが一番手っ取り早いだろう。
切っ先は後方へ向けて、前足を一歩踏み出す。途端に取り巻きたちが男の前に立ち塞がり、見えない針が、一斉に私に向けて逆立ったのが分かった。
苛立ちを知らせるように、男がふんと鼻を鳴らす。
それを私の中で開戦の合図として、地面を思い切り蹴った。相対する三人の野盗。突如駆け出した私に虚を突かれたのか、一瞬だけ体を強張らせ、それから手に持つ得物を構えた。
だがしかし、それでは遅い。
私が担いでいるのが普段通りの大剣であったなら、間に合ったかもしれない。ただ今手に持っているのは、村長から預かった、いつもよりも軽い長剣。
その分、揮う速度も違う。
野盗たちが武器を構え終える、その前に。私は横薙ぎに剣を振り終えていた。
断末魔すら上げずに、首が寸断される。
野盗の頭が落ちると同時、男の雷めいた激しい怒りの声が打たれた。空間が震えると共に、弾かれたように、残る二人の野盗も私へと襲い掛かる。
短刀とサーベル。
開幕時に私に襲い掛かってきた者と違い、上半身にもしっかりと服を着ていることから、少なくとも下っ端ではないことが窺える。
ただ男の怒号により動き出したのは、何も野盗だけではない。襲い来る野盗の、その一人。サーベルを振り上げる男の頭部に、烈風のような弓矢が突き刺さる。
射手の彼だろうか。
それに自警団の者が距離を詰めている。これ以上ないアシストだった。自分以外の手があることに、これほど救われた戦場は他にない。
揮われた野盗の短刀を手甲で受け止めると、残る男の元へ蹴り飛ばした。
「邪魔だ」
対して、男は飛んできた味方をその厚い胸板で受け止めると、躊躇なく放り投げた。
「あの野郎、仲間を!」
叫んだのは射手の彼で、ちょうど一射放ったと同時であった。それにより放たれた矢は、穿つはずであった男への進路を絶たれて、代わりに放り投げられた野盗を貫く。
身代わりは戦場ではよく見られる光景だ。
多少胸を締め付けられる感覚が襲うが、私はそれだけだ。だが討ち抜いた本人である射手の彼には脳内が白く溶け落ちるような衝撃だったようで、しかも運の悪いことに、いま放った矢が最後の一本であったらしい。
一瞬だけだが、魂が散り散りになってしまった。すぐにその眼に意志を取り戻したが、遅い。
手にした大槌は投擲され、射手の彼へと迫っていた。彼の前に立ちはだかる者はいない。また、いたとしても、あの大きさの槌を放られては防御出来る者がいるとは思えない。
……否、一人だけいた。
射手の彼の眼前に飛び込んできた、その者。得物である大きな戦斧を盾のようにして構えながら、巨躯の彼がその重撃の身代わりとなった。
「ぐっ」
苦しいのだろう。その苦しさが全てその顔にしわや歪みとなって現れている。激しい金属音と共に二つの武器は弾かれて、射手の彼は守られた。
だが辛うじて弾いたものの、大槌は彼の真上に弾き飛んでいる。そこへ、男は既に走り込み跳躍していた。驚くべき身体能力、それに自分一人だというのに躊躇なく武器を投げる決断力。こうして集団を率いるほどの能力があるということか。
中空で大槌の柄を掴み取ると、そのまま頭部分を巨躯の彼目掛けて振り降ろす。巨躯の彼に対抗策はなく、骨にひびでも入ったのか腕をだらんと放り投げて苦悶の表情を浮かべているところであった。