それと同時に、頭に一撃があったのが分かる。
魔弾で撃たれたのだ。
一撃。また一撃。
重石をつり下げたかのような頭部への鈍痛。だが三発の弾丸を頭に受けたわりに、思ったよりは痛くはない。悪運、というやつだろうか。私へ放たれる魔弾だけ、偶然にも悉く粗悪品らしい。
そして、不具合が生じたということは。
「はっ!? 何で平気なんだこいつ!?」
魔弾の射手は、私への不意打ちに失敗したということだ。それと同時に、隠れ潜んでいた位置も曝け出される。
私が通過しようとした木の、その上。
男性にしては長い、背中までありそうな黄土の髪。白いシャツに黒い上着と、およそ森に潜む射手とは思えない洒落た格好のその男。手には大体人の腕ほどの長さだろうか、黒い筒状の装置の手元にボウガンのような引き金が取り付けられている。
これまで戦場で飽きるほど見てきた、魔弾の発射装置。ただ一つ兵士と違うのは、目には眼鏡のようなものを装着しているということだ。恐らく、それが遠くからの攻撃を可能にする補助装置となっているのだろう。
そのため目がどのような状態なのかは窺えないが、その口は私を仕留め切れなかった驚きからか、半開きになっていた。
「魔弾を三発ぶち込んだんだぞ!? 三発だぞ? 死ぬだろうが、普通はよ!」
それは劣化品を引いてしまった自分を恨むしかない。不運だとは思うが。
まだ信じられないのか、彼は枝の上から動く気配はない。分からなくもない。先刻のものも含めて四発、見事に命中しているのだから。ただそれで、完全に動きを止めてしまっている点は、切り替えが遅いと言わざるを得ない。私が幹を駆け上がり、到達しようとしているにも関わらずだ。
「待て、待て待て待て!」
手を伸ばし何かをしようとして、その実何もしていないその男。片手を意味もなくさまよわせている。
「なんでてめぇがこんなところにいるのかは知らねぇが、おれの顔に見覚えあるだろ。見逃せよ」
苦し紛れだろうか、そんなことを口にした。
「記憶にありません」
もう一度、顔をじっくりと観察する。記憶の中をさっと掻き探す。だがしかし、いくら今までを掘り進んだところで、黄土色の長髪を持つ射手の男は浮かび上がってはこなかった。
そんな私の様を見て、男は不機嫌そうに舌を打つ。
「同期の顔も思い出せねぇのか、白髪はよ!」
たちまち激しい口調になる。唾を飛ばしながら上げられたその声には、苛立ちが滲み出ていた。
そしてすぐさま魔弾を構えると、発射した。
顔面。
つくづく、運のない男だ。
大した痛みはない。
「丈夫すぎるって話じゃねぇぞ、昔から! その脇腹にボウガン突き刺してやったときも、けろっとしやがって」
ああ、思い出した。
相変わらず顔に記憶はないが、その声色は私が走らされていたときにボウガンを放ってきた同期だ。
まさか兵士を抜けて野盗になっていたとは。
そして、なるほど。支給された筒を返さずにそのままくすねたということか。
「何故、カルムを?」
見逃すことは出来ないが、それを聞かなければ始末することが出来ないのも事実だ。私を知っているというなら、可能性はあるだろう。
「あ? 白髪が誰にものを言ってんだよ」
言って、男は持っている筒を思いっきり振り抜いた。私の頭部目掛けて。ただ、男は不意打ちのつもりで振ったのだろうが、残念ながらいかにもこれから攻撃します、という姿勢をし始めたため反応するのはさほど難しくはなかった。
振り抜いた筒が私の頭部へ到達する、その前に。装着した手甲で一撃を防ぐ。途端に鳴り響く、鈍い金属音。
そして攻撃を放った後に生じた隙をついて、男の腹を蹴りつける。骨より柔らかく、肉よりは硬い。そんな感触。
男はそのまま枝の外へと吹き飛んで、小石のように木から落下していった。そこまで高い木ではない、頭から落ちても死ぬまでは至らないだろう。負傷はするかもしれないが。
男が吹き飛び、他の木へ打ち付けられるのを確認すると、私は木から飛び降りた。
木の根元で体を放り出しているように仰臥する、その男。だが獣の唸りのような声を上げているところを見ると、意識はあるようだ。なら問題はない。
「何故、カルムを襲うのですか」
首元に、剣を突き付ける。
「……知らねぇよ。急に頭領が言い出したんだ」
なるほど、ではその頭領とやらに会う必要があるだろう。
聞くべきことは二つだ。どうしてカルムを襲ったのか。
そして、
「では黒髪の女性を知っていますか。特徴的な黒い装いをしているのですが」
野盗と歌うたいが、お互いを知っている関係なのかどうかである。仮に知り合いであるなら、歌うたいの処遇は私が個人的に下していいものではなくなるだろう。
まだ、決めていないのだ。
彼女にどう対してよいのかを。
「黒い髪の女だとぉ? 知らねぇなぁ」
左腕を切り落とす。
途端に痛みによって、何かが裂けるような叫びを上げた。
「もう一度。黒髪の、黒い装いの女性を知っていますか」
いま一度問うが、男は答えの代わりに痛みによって鶏が絞め殺されるときのような呻き声を返した。
埒が明かないため、剣の切っ先で男の脇腹を突き刺す。偶然にも、私がボウガンで撃たれた箇所と同じである。
すると大声を上げることから、絶え絶えの息遣いへと対応を変えた。
「黒髪の女で黒い服の女なら、去年ぐらいに見たな。一人は殺したが、もう一人は逃がしちまった」
視線を宙に漂わせながら考える。
時期は一致している。ただ女性はもう一人いると言う。
歌うたいの母親、或いは国から連れてきた従者という可能性もあるが、可能性でしかない。
結局は本人に聞くしかないだろう。
「もういいだろ、見逃してくれよ」
「もう一つだけ。頭領というのはどこに」
だいぶ呼吸も落ち着いてきたのか、乱れていた息遣いも回数が減ってきている。
「あぁ? 少し遅れて村に向かったから、そろそろ着いたんじゃねぇか。もういいか、おれからも聞かせてくれ」
「どうぞ」
意外であった。
男が私に聞くことなど何もないと思っていたためだ。
「なんでてめぇがこんなところにいるんだよ」
あぁ、なるほど。
男がいつ兵士を辞めたのか定かではないが、その口ぶりからすると一年以上前だ。私が先の戦争により戦果を上げ、騎士になった経緯を知らないのだ。
「私はカルムの騎士です。騎士として、先日着任したのです。左遷、ですが」
「……はっ、嘘つくなよ」
彼が信じるかどうかはどうでもいい。
射手は倒し、聞けるだけのことは聞いた。なら、私がすべきことは早急に戦地へ戻ることだ。
思って、踵を返す。
生かしているため、一応、魔弾の発射装置は回収していくことにしよう。