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episode54 「来ねぇかと思ったぜ」

「納得させてくれ、ですか……」

「あぁ。俺もラヴァーグも、騎士殿が戦う姿を見てねぇからな。それにこの村を守護してくれるってことで来たんだろ、だからその剣で見せてくれ。そりゃあ、やり合うことにならねぇのが一番だがよ」


 なるほど、という言葉の代わりに頷く。

 今日投げかけられた言葉の中で、一番分かりやすい。要は戦って守る様を見せろということだ。初日の決闘では成し得なかったことだが、実際守護する姿を見せれば多少なりとも説得力が上がるというもの。

 回避出来るならそれに越したことはないというのも同意だ。

 いつもは武器を背中に背負って出陣するため、手に持ったままというのは違和感がある。固定ベルトがないので仕方がないのだが、握りしめつつ戦地へ赴くとなると、開戦した場合、鞘は放り投げねばなるまい。

 その鞘も見事な装飾だが、邪魔になる以上仕方ない。せめて分かりやすい場所に投げて置くことにしよう。


「騎士殿」


 出陣しようと扉へ向かうが、しかして呼び止められる。


「頼んだ」


 見ると、何時もの仏頂面な村長の顔ではない。私はその時彼から託される意思のようなものを咄嗟に感じ、


「了解しました」


 と言って、村長の家を出た。


 村の入口に向かう途中、鐘が鳴りだした。叫ぶように中空に上がる姦しい音は、警告であることを嫌でも知らせてくる。すぐに家に閉じこもるように促す警鐘なのだと。

 つまり、野盗が侵攻してきているのだ。

 本来ならもう対面していなければならない。昨夜番を変わっているため責任はないはずだが、どうしてか心臓が早鐘を撞くように乱れ撃ち始める。

 恐らくは戦地にいたからだろう。それに防衛戦では、警鐘の役割を長時間押し付けられ鳴らすのは常に自分だった。なので、こうして鐘が鳴っているにも関わらず向かっているというこの状況が、怠慢だと。未だ決別出来ない内なる上官が私を糾弾するのだ。

 早鐘を鳴らす心臓の響きに追いかけられるように駆ける。そうして辿り着いた先。

 果たして、そこは既に戦場だった。

 トレードマークの茶色い外套を着けていない者が野盗だろうか。その認識でいいなら、一小隊に迫ろうという人数だ。

 開戦した直後なのだろうか、戦地特有の血と汗の臭いはまだない。

 到着を知らせる必要はないだろう。なぜなら既に、野盗の一人が私目掛けて槍を投擲していたからだ。

 こんな乱戦で武器を投げてしまっていいのか、という疑問はあるが、それは置いておく。腰に帯刀しているのを見るに、それで戦うのだろうから。

 精度も悪い。せっかくまだ抜刀していない私へ奇襲したのだ、せめて急所を狙わなければ無駄というもの。なので、そのまま飛んできた槍を武器にする。

 私の肩辺りを目掛けて飛んできた槍の、その柄。躱しながら太刀打ち部分を捕まえると、そうして投擲してきた相手目掛けて投げ返す。

その野盗は呆気なく死亡した。

 投げ返されたことに対して驚き目をひん剥いて。心臓を貫かれたことによって。上半身には何も身に着けていないことを考えると、野盗の中でも下っ端の立ち位置だろうか。

 どうでもいい。


「遅ぇぞ!」


 だが、死んだ野盗の彼の代わりに答える声がある。

 ヤグラの上に陣取る、射手の彼だった。


「申し訳ありません!」


 鞘から剣を抜きながら、答える。実際遅いのだ。弁明のしようもない。

 やり取りを続ける代わりに、射手の彼は弓矢を放つ。矢はするどい響きを立てて空気を裂き、そうして迫りくる野盗の喉元に突き刺さった。

 戦況など教えてもらった例がないのだ。問題ない。

 周囲をぐるりと見渡す。

 自警団は皆、誰かしらの相手をしており、中には切り傷を負う者もいた。対して、野盗は一人で一人を相手にしてもまだ余る者がおり、自警団に多人数を相手取らなければならない状況を強いている。何人かの射手が一対多にならないよう減らしてはいるが、それでもだ。

 見るに、一対一ならば問題なく戦えている。

 なら。

 不利を強いている者を始末していけばいい。

 手始めに近くで奮闘していた、自警団を囲む三人の野盗。その二人の首を落とす。誰も私を見ていなかったため、非常に楽な作業であった。肉に食い込み、頸動脈を通って骨を断ち切るのが感触として伝わってくる。

 軽い。

 大剣と比べて、何も持っていないと錯覚するような、そんな感覚。

 残った三人目はその視線を私へ向けてしまい、隙を突かれて相対していた自警団の彼に刺し抜かれた。

 すぐさま傍で私に背を向けて誰かと戦っている、野盗の肩甲骨付近を刺す。血濡れた刃を抜いてもう一度。何も考えずに。

 こうして目についた人数不利を覆していく。

 中には負けを感じ敗走する者もいた。それを追う自警団の声、そして剣戟とが、村の入り口で至るところで湧き起っている。

 追撃されて亡き者となった野盗の死体があちらこちらに転がっているが、しかし誰一人として気にならない。もし戦いが終わり、自警団ではない者達はこの光景はどう思うのだろうか。それとも、もう慣れてしまっているのか。

 暴力を嫌がっていたロラが戦場で人を殺さないというのは難しいと言えるのは、或いはそういった理由なのかもしれない。

 そうして目についた野盗の命を片っ端から奪っていたところ、見知った顔がある。


「おう騎士様」


 言いながら、巨躯の彼は拳を一つ放つ。うなりをあげて腕が振られると、正眼であった野盗の顔が引き千切れそうなほど横を向いた。確かに無力化するだけなら、彼ならばあれで充分だ。初日、あれを自分が喰らっていたらと思うと、想像したくはない。


「リアム様」


 首を落としながら、答える。


「随分と遅い到着じゃねぇか。来ねぇかと思ったぜ」


 冗談とも本気とも取れる言い方。


「申し訳ありません。少し事情がありまして」

「へぇ、まあ来たんならいいけどよ」


 まだ余裕のありそうな、活気のある声。背中に戦斧を背負ってはいるが、それを握ろうとはせず拳で野盗達を制圧している。乱戦ではその大きな武器は味方を屠ってしまう可能性があるからだろう。彼のリーチでは、私が大剣を揮うとでは範囲がまるで違う。そのため戦場で一人素手というハンデを、恵まれ過ぎた体格で跳ね除けていた。


「わらわらと、一体どこに隠れてやがったんだ? 森にはいなかったってリーデは言ってたぜ」


 昨日見回った際の話だろうか。

 確かにこの辺は見渡す限り平原であり、潜伏出来そうな場所といえば半蛇のいた森しかない。後はまだ私が見ることが出来ていない方角だが、見る限り薄い林と巨大な一枚岩だ。

 そういえば、先ほどの長距離狙撃。

 あれはたしか林のある方角から、私を狙った攻撃だった。そう思い出したと同時、ちょうどその方向から軌跡を描きながらそれは飛来した。

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