「クラリカのお父さんを殺した、って……」
雷に打たれたかのような、呆気にとられた顔。様々な感情を抱いての表情だろう。長鎗の彼女も、ロラほどではないにしろ目が瞬き少し驚きの色を浮かべた。
「先日までこの国は戦争をしていました。王である彼女の父親を斃したことで戦争は終わり、私は左遷されてこの村にやってきました」
囚人の懺悔のような告白。
特に戦闘自体を嫌がっていたロラに対しては複雑で、自分の所業を排泄していくような気持ちにもなった。
「……フリストレールが戦争をしていたのは知っています。ですが待ってください。戦争を終わらせ左遷されたとは?」
「敗戦国の王に優位性をかざす予定だったのでしょう。ですがその本人を、私が殺してしまった」
当然、戦勝国という事実は変わらないためあちらの国に対して優位ではある。しかし、戦争をしていたときの王に対してはより有効だ。
勝者と敗者という明確な差があるのだ。これより先、フリストレールはヴァスホートと交流を重ねてその優位を振りかざしていく計画だろう。その中で、一番理想的な流れを私が潰してしまった。
なるほど、長鎗の彼女はそう呟く。驚くことに、私の少ない説明からその言葉以上の内容を汲み取ったらしい。
恐らく彼女は歴史だけでなく、国状も知っているのだ。自身の仇敵の情報を集める一環だろうか、カルム内にいるだけでは知りえない事である。
「二度目となりますが、ここに騎士様の敵はいません。ですが、騎士様は人の気持ちというものを知っていくべきだと思います」
「人の気持ち、ですか……?」
その意味を、捏ねくり回す。
これまで黒い感情しか浴びてこなかったため、深く考える必要のなかったものだ。攻撃、苛立ち、私に向けられるものなどそれだけだった。だがしかし、この村に来て四日目となるが、未だ明確な敵意というものを向けられた記憶がない。
疑われた際は、それ相応の理由があった。
唯一攻撃性のある意思は双剣の彼女である。彼女だけが分からない。厄介払いという言葉を、明らかに白髪の扱いを理解したうえで使用してきたのだ。直接席に虐げられたわけではないが、虐げてもよいということを知っている。
その粘っこい気持ちを、私は知りたくない。もしそれすら含むのなら、長鎗の彼女はとても難しいことを言っているように思う。
「ちょっと待ってリーデ。人の気持ちを知っていくべきって、まるで騎士様が人の気持ちが分からないみたいじゃない?」
正直、間違えではない。
「そこまでは言いませんが……、そうですね。色々な人の心に触れるべきだと思います。恐らくどす黒い感情にしか触れてこなかってでしょうから」
「どす黒い感情……?」
それとなく、長鎗の彼女が私の顔を見る。私という白髪のこれまでを伝えてもいいかという視線だろう。恐らくは主観的になる。別に私は不幸をひけらかしたいわけではない。
だが、これは私が言うべきなのだろう。
「白髪はフリストレールでは忌み嫌われています。そして、いまは国にこの髪色は私しかいないので」
そこまで言うと、ロラは「あっ」と口に出し、そして言葉の意味を読み取ったかのように唇に薄い笑みを浮かべた。その薄ら笑いは捨てられた犬でも見て憐れんでいるみたいだ。
「孤児である私は日々暴力に晒されました。コレにはどんなことをしてもいい、それがリーデ様の言う黒い感情です」
二人は何も言わない。ただ私がそれ以上言葉を紡ぐことを待っているみたいだった。「待つ」が家中の空気に満ちている。
「心を殺し、痛みに耐える。何をされたとしても。兵士になった私は、もう何も考えずただ人を殺していきました」
罪状を述べていくような感覚。
緩やかに首を絞められていくように、ロラの眉が顰められていくのが分かる。長鎗の彼女はその表情を変えないが、もう一人は違う。どす黒く血腥い、私に付着した気配に嫌悪感を示している。
そう思った。
だが、途端。
ロラの目からはほろほろと煮えるような涙が流れて、そのなめらかな頬を伝った。
頭を整理しようと努める。私のことを聞いて涙を流すなど、考えれば考えるほど分からない。今までそれに対しての反応は嘲笑しかなかった。だから、どうしてロラが泣いてしまったのか、答えのかけらも浮かんでこない。
そうして私が戸惑っていると、急にロラが私の手を握る。
「騎士様ーー!」
震えを帯びた声は存分に濡れているように響いた。
「ロラ!?」
思わず、声が出てしまう。
そうしている間にも私の脳内は収集がつかないほどこんがらがって、感情という平原に砂嵐が吹き荒れていた。
「痛かったよね!? 苦しかったよね!? うわーん!!!!!」
ぎりぎりと握る手に力が込められていく。
別に痛いわけではないが、圧が強い。
「痛みと苦しみは誰かに訴えていいはずなのに、それも許されなかったなんて! そんなの、辛すぎるよぉー!」
あたりかまわず、泣きたてる。私のために流す涙、これほどありえないことはないと思っていた。ただどうしてか、彼女が代わりに泣くことで、いくらかずつ喉の引っ掛かりが和らいでいく。そんな気すらした。
少なくとも、目の前のロラが演技しているとは思えない。もしこれが嘘だというなら、今度こそ、私は機械のように心を亡くすだろう。
痛い。
苦しい。
それは耐えるものではないのだと。
知って、私はロラの手を握り返した。