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episode49 私

 これは私の記憶の中で、二番目に古い記憶だ。

 人は死ぬとき、これまでの人生が脳内を駆け巡るというが、これはそういうことだろうか。

 なるほど、と顧みる。

 しかし改めて、あまりいい人生ではなかったように思う。

 孤児の私を拾ってくれたフルーレ・アヴィアージュは、まだ五歳だった亡霊を捨てた。少年兵として国に放り投げ、それ以降義父とは会っていない。

 たくさんの少年兵と同じ兵団に入隊した私を、まず出迎えたのは上官からの暴力である。同じ孤児である少年兵達はまだ無垢で、白髪を虐げる理由を学んでいない。

 だが大人は違う。

 私を虐げていい歴史を知っている。

 初顔合わせで有無言わず顔面を蹴り飛ばされたのは衝撃的だった。突然のことに驚き、私の思考は完全に止まる。少年兵たちはその様子を見て瞠目していたが、上官が声高に理由を述べると、そのときから彼らの私を見る目は侮蔑に変わった。生まれつき身体が頑丈で良かったと思う。でなければ、私は戦場に駆り出される前に死んでいただろう。

 後から理解したのだが、それは言い訳に過ぎなかった。

 国の黒歴史、白髪。屈辱を受けたのだから、その子は侮蔑してもいいという国からのお達し。実際私がフリストレールにいることなど、彼らは気になどしてないのだ。国内に白髪がいて屈辱など、誰も感じてなどいない。

 感じているのは、この子は虐めてもいいのだという意識だけ。

 誰かとすれ違うたびに肩をぶつけられ、水を浴びせられもした。凌辱という行為へ手が伸びなかったのは、恐らくアヴィアージュという性のお陰だ。アヴィアージュ家は代々外務大臣を務める名門である。見捨てられた身ではあるが、その性には力があった。私自身が力を持つ可能性は皆無だが、それにより虐待行為はほとんど暴力や過度なノルマであったのが救いだ。

 運が良かったと言えよう。

 義母がたまに顔を見せに来ていたのも大きい。彼女からは特に、負の感情を感じなかった。好意的な意思があったわけでもないが。それでも、面会に来た日は私への攻撃が止んだのを覚えている。また一定の期間を置いて会いに来たため、その付近になると怪我の目立つ顔面への暴力も控えめになった。

 もし私が、本当に身寄りのない孤児であったならと思うと、その先の想像は容易い。

 訓練兵となった私への扱いは当然ながら他と違った。

 同期の少年兵が武具の扱いを覚える中、私だけはひたすら身体の鍛錬を行わされる。それだけを一日中やらされ、皆が訓練を終え寮へ戻っても追加時間が発生し夕餉がなくなることもしばしばあった。恐らくこのときに栄養をきちんと摂れなかったため、しっかりとした体つきになれなかったのだろう。

 体力強化のため訓練場を走らされると指を差され、ときには武具を投げつけられた。三人ほどの兵にクロスボウで狙われたときは死を覚悟したのを覚えている。そのときに刺さった矢の傷跡は三か所。うち二か所は今も残っており、寝間着から鎧へ着替えた際に長鎗の彼女が驚いていた。

 まあ、そもそも体中傷だらけで、その矢痕以外は一体いつ付いた傷跡なのか、最早分からないのだが。

 そうして体と心に攻撃を受け続けていくうち、私は痛覚というものが分からなくなっていった。元々、痛みに対してにぶかったというのもある。殴られたとてさほど痛みはないのだ。拳を振るわれようが、蹴り飛ばされようが。

 十二歳になったとき、訓練兵という時期を終えて小隊へ配属される。その頃にはもう口撃に対して何も思わなくなり、ようやく装備も支給された。

 常に鎧を身に着けることで顔面への攻撃以外は防ぐことが出来る。正式に兵士になって得たものは多い。

 武器の使い方は教われなかったため、振り回すだけでいい大剣という選択を取った。子供が手に取るには相当な重量だったと思うが、生憎身体の鍛錬だけは嫌というほど行っており、それを揮うことに苦労した、という記憶はない。誰も大剣を手に取らず余っていた、というのもある。今でこそ手に取ればある程度使用方法は分かるものの、当時はそれしか出来なかった。特に弓やクロスボウは触らせてもらえなかったため、後に経験する戦場でようやく理解したほどだ。なので、遠距離武器は今でもあまり得意ではない。

 やがて私も戦場に身を投じることとなる。

 初戦は確かフリストレールより西の位置する国だったか。戦争する理由は聞かされなかったが、ただ敵の兵士をたくさん殺せばいいと言われた。

 初めて人を殺したとき、特に何か感じたという覚えはない。深く考えることを諦めてしまったのだ。何故虐げられないといけないのか、そしてなんで私なのか。そんなことに。全て放棄すれば、やがて過ぎ去ってくれるのだからと。

 初陣で数えるのをやめたほどには人を殺めた私だが、残念ながら上官からの評価は下の下であった。その理由はもっと斃せたはず、とのことだそうだ。

 具体的にどうすればよいか分からなかったため、その次の戦争からは単身で敵軍の中心地に突っ込むことにした。私が一人で突貫することに、小隊の面子が特に何か言って来たということはない。恐らくは白髪と行動するということを嫌ったのだろう。こちらとしても都合が良かった。

 それから何度か戦争を重ね、しかしそのたびに言われることとなる。

 もっと殺せたはずだと。

 戦争の多い国だと思う。

 理由は聞かされる方が稀だが、侵略が多いということは隣国からも警告される。義父に代って就任した外務大臣は、随分と苦労していることだろう。

 白髪など気にしないと言い寄ってきた者が現れたのは、果たしていつ頃の事だったか。

彼は私の世代よりも少し上に当たる人物で、将軍の息子という話だった。ただそれが嘘かどうかという情報は私の元にはなく、今も分からない。

 分からないというのは、その後の戦争で彼は死んだからだ。本当だったか、など今に至るまでどうでもいい話であるが。

 彼は私に「白髪なんて気にしないから君のことが知りたい」などと言って近寄って来た。迂闊だったと思う。そのように言われたことは初めてだったため、警戒心が少し薄れ彼の逢引の誘いに乗ってしまったのだ。彼の手に引かれ、しかし待っていたのは何人かの男たちである。


「そんなわけないだろう、亡霊が」


 手下のように従えていたので、もしかしたら親の七光りというのは本当なのかもしれない。

 一斉に襲い掛かって来た男たちを、有無言わず全員殴り倒した。彼本人はいつの間にかいなくなっていたのを覚えている。ただ翌日の訓練に痣を作って現れた者が何人もいたため、私はそのとき初めて、殴った者たちが兵士であったことを知った。

 そうして数年。

 私はあの戦争へ身を投じることになる。

 フリストレールの北に位置する、ヴァスホート国。王であるアウレリア・ルイゼ・パヴリオート自らが出陣し、敵軍の士気はとても高かった。だが最終的に私がその王を殺し、戦争は終結する。


 特に言うまでもなく、意味のない人生だった。

 国に虐げられ、使われ。

 都合が悪くなれば放り投げられて。

 そして最期は。

 もうどうだっていい。

 ああ、だがしかし。

 私が堕ちるのはきっと地獄だろう。

 それだけは違いない。

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