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episode40 「うるせぇから早く顔見せてやれ」

「はい、その通りです」

「これはブリジットさんが製造してくれたものです。詳しくは彼女に聞くのがよろしいかと」


 なるほど。持ち主が説明してくれるほうが手っ取り早いとも思うが、間違いではない。たしかに、製造主が一番、創造物のことを知っているはずだ。鍛冶屋には用があるため、そのときに詳しく聞くのがいいだろう。見せびらかされた物を欲しがる幼児のようだが、しかしあれが何なのか知りたいのは否定出来ない。巨蜴の魔獣を一撃で追い払ったのは、事実なのだから。あれが魔獣を退かせる方法になるのなら、騎士としては今後とても効率的だ。

 そういえば、彼女のもとへはいつ行けばいいのか。優先は出来ないと言っていたことから、恐らく他の製造もあるのだろう。そもそも剣とはどれくらいの期間で一つ出来上がるのか私には分からない。出来上がった際には声を掛けに来るのだろうか。

 いや、ロラとのやり取りを見るにあまりそのようには見えない。鍛冶場にて立て掛けてあった武器達を思い出す。武器は完成したから、あとはそっちから来い。思い返せば、武器達がそう言っていた気もする。そう考えると、やはり日を空けてこちらから出向くのが手っ取り早いか。

 ……決めると、そこで思考を終えた。長鎗の彼女が念のため周囲を見回ると言ったためだ。本来なら自分がやるべきなのだろうが、しかし私は監視下にある状態である。先ほどの巨蜴や、未知の何かに襲撃される可能性もあるだろう。強い武具を持とうとも、彼女自身の力量がどの程度なのか、私は知らない。ただそこは、彼女自身の力量で何とかしてもらうしかない。

 長鎗の彼女は私に一瞥をくれた後、そうしてその場を離れた。その視線には「お前は黙って門番の役目をこなせ」と言わんばかりの含みが込められているように感じる。

 余計なことを考えず粛々と。

 それだけを私に求めている。

 その通り、だが、別に私はこの村の指揮下に入ったわけではない。私の任はあくまでカルム村の守護であり、村の一員になれという命令ではなかったはず。

 ただ現状どうだろう。

 ここに来て、そして双剣の彼女の試験を受けてから、私は誰かからの指示のもと行動している。別に不満があるわけではない。命令を受けて行動するというのは、私を惑わせない。自分を正しいと思わせられる。それに私はとりわけ国に忠誠を誓っているわけでもない。

なので、この状況は私にとってなんの不満もない、はず。なのに。この引っ掛かりはなんだろう。この、なんとも言えない慢性的な消化不良のような感情は。

 私は決して、従順な狗ではない。

 歯向かわないほうが楽だから、そうしているだけだ。そう思うことで、私はこうして生きてきた。今まで何度も、分からないことはそうやって振り払ってきたはず。だからこれは不具合だ。今まで上官の命令で動いて来たからこそ、命令主の変更に対する違和感。それを感じているだけ。そう、結論付ける。

 一々そんなものは気にしている場合ではないのに、何を今更気にしているのだろう。今は一刻も早く、居場所を確立しなければならない。

分からないことを振り払うように、私は大剣を地面に突き刺す。

そうしてまた、村人と自警団のグループを見送っては迎える役目に戻る。何人か見た事のある顔もあったが、私が軽く頭を下げるとそのまま行ってしまった。疑われている状況だ、仕方がない。それに、それはどうでもいい。

 杖術の彼はしばらく私の隣に立っていたが、何もないときが暫く続くと入口のアーチへと移動。腕組みをしながら、背もたれとして寄りかかった。相変わらず曲がった背中は、猫の姿を連想させる。まあ猫と言っても、愛玩されるほうではなく、人里には寄り付かない山猫のほうだが。

 そのまま澱みに広がる水の輪のように、緩慢で怠惰な時間が過ぎる。襲撃者や来訪者などは来ず、杖術の彼と私はただただ村の入り口に立っていることとなった。彼は恐らく手持ち無沙汰を紛らわすための意味だけに、周りを歩いてみたり足元の村の中を覗いていたりしたが、それでも時間は無音の微風のようで、何事もなく私の周りを吹き過ぎていく。

 やがて長鎗の彼女も帰還し、とりわけ報告もなく村へと入って行った。漫然と時間をやり過ごさなければならないのは、まるで何もない砂漠を歩くような感覚で、空虚だ。

 やることが決まっているのは有難い。ただ任と違い、これがいつまで続くのかは誰も分からないだろう。責務ならばまだ納得が出来る。ただ現状、これは監視も兼ねている。つまりいつしがらみもなく私がここに立てるようになるかは、風使いの気分次第ということだ。

 じりじりと砂をかむような時間がゆく。あたりが少しずつ暗くなっていき、平原や空はゆっくりと黒い世界に引きずりこまれた。それに応じて二人の交代の者がやって来る。まあ『夜になったら交代の者が来ますので』とだけ聞いていたため、その面子はいま初めて知ったわけだが。

 一人は巨躯の彼。背に背丈以上の大きな戦斧を担ぎ、氷のように硬く重い、空気を全身で受け止めるかのようなゆったりとした足取り。それに、もう一人の番である射手の彼を伴って現れた。


「おう、ご苦労さん」


 カラッした言い方。

 対して、射手の彼の目は明らかに冷たい色の目をしていた。たしかに、私は信用のならない相手だ。それに加えて、あまりいい感情は持っていないだろう。その意を含んだ眼差しだと思われる。

 それにしても交代相手が時間通り来るというのは、とても違和感のある状態だ。2時間、3時間。私に限っての話ではあるが、番の時間というのは延長するのが当たり前だと思っていた。それにそう早くない朝から、日が沈むまでという短い任務時間。一人一人の時間を少なくすることで、負担を減らそうという工夫かもしれない。だとしたら、またすぐに早朝付近に呼ばれる可能性もある。或いは、そもそも別の地点へ異動するだけか。

 射手の彼が「ふん」というと、眉間に深い皺が刻まれる。


「シメオン、なんか変わった事なかったか」


 巨躯の彼が聞くと、問われた彼は首を横に振った。変わった事と言うと、昼の巨蜴の襲撃は報告すべき事柄だと思うが、十分に時間が経っている。既に村に帰還した長鎗の彼女が報告しているものと判断し、杖術の彼は言わなかったのだろう。


「いいえ、特に報告すべき事は。昼間の件はもう耳に入っているでしょうか」


 ただ念のため、それとなく探りは入れておく。それに対し、巨躯の彼は「おう」と返す。ただ、もう一人はその返答すら聞かずにヤグラの上へと跳躍した。信用ならない者の報告など聞く必要はない、そんな意図だろうか。

 私も特にその反応を気にするなどはしない。予想は出来たことだ。


「騎士様よ、村長が家に来てくれだと」

「分かりました」


 聞いて、地面に突き立てて置いた剣の柄を握る。引き抜いて村長の家に向かうためだ。その動作を見た巨躯の彼は、言葉を付け足すため「それと」と言った。

 対して、私はそれに視線を向けることで応える。


「ロラがうるせぇから早く顔見せてやれ」


 それも、なんとなく予想はしていた。

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