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episode37 「厄介払いかな」

 空は雲でいちように覆われていた。雨でも降るのだろうか。その重苦しい曇りに、なんとなくうっすらとだけ光が入ってくるボロ小屋にいる気持ちになった。

 窮屈な視線が注がれるのを嫌でも感じる。自警団の者とすれ違うたび、その眼差しには冷たいものが宿っていると分かった。ただ朝の挨拶をした際、返してくれる者とそうでない者とがいる辺り、恐らくは自警団でも考えが二分化しているのだろう。

 私に対する感情を。

 村長と副村長がその例だ。

 不安要素として早く結論を出した副村長、それに対しあくまで穏便に様子を見る村長。自警団でも、その二つの意見が主立っているのだ。

村人たちは睥睨の眼で私を見てはこなかった。どうやら村人たちには私が間者の疑いがあることを未だ言っていないようだった。恐らく混乱を避けるために。だが、明らかに自警団が警戒しているのだ、野盗の説明をしないわけにはいかないだろう。現に何人かの村人は、挨拶の返事こそ返してくれたものの、その眼はどこか疑わし気な瞳だった。それはそうだろう、野盗が現れた場合、対処すべきは私なのだから。

 その眼は正しい。自警団は昨夜から警戒しているなか、私はこうして一夜明けてから動き出している。村長たちから言われたから、なんて理由は村人には関係のないことだ。あまり印象は良くないだろう。責務を全うしていないのだ。そしてその印象を覆すには、結果で示すしかない。

 ……何も深く考える必要はない。ただ職務を為せばいいだけだ。

 ほどなくして、村の入口に立てられたヤグラが見えた。あまり高いようには見えない。精々、村の入り口に建つアーチと同程度だ。村の周囲を警戒するのを目的としたものなので、別に間違ってはいない。


「やあ、来たね」


 どこからか声がした。

 それは明らかに、双剣の彼女の声だった。


「おはようございます」


 ヤグラの上から彼女が顔を覗かせる。ただ完成したとは聞いていないため、恐らくは彼女が勝手に使っているのだろう。一見完成しているように見えるが、そう伝えてこないということは何かしら事情があるはずだ。彼女にそれは伝わっているのかは分からないが、ともかく今の段階で私がそれを使用することは出来ないらしい。

 そして、その理由はすぐに分かった。

 昇るための梯子が掛かっていないのだ。たしかに跳ねて上がれない高さではない。現に、双剣の彼女は梯子がないにも関わらず昇り切っている。実際に運用するとなったとき、私だけが使用するのならそれで問題はない。しかし、恐らく私だけが昇るわけではないはずだ。そしてその場合、梯子がないのはあまりに不便である。まだ完成と銘打たないのは、つまりはそういうことだろう。


「聞いたよ、騎士様あんまり状況が良くないみたいだね」

「そのようですね」

「その様子だと別に、って感じだね」

「どう言われようと、私は任を遂行するだけです。それに、好き勝手に言われることには慣れているので」


 言うと、双剣の彼女は寂しい唇に冷ややかな笑みの影を落とした。彼女は初めに私を信用していないと明言している。そしてそれは、今この状況ならばなおさらだろう。

 関係ない。そうかぶりを振ると、双剣の彼女がヤグラから降りてきた。しなやかな、野生に棲む獣のように地面に着地する。


「アタシだってまだ信用してない。昨日、番を押し付けといてアレだけど、これはこれだしね」


 あっけらかんと、双剣の彼女は言った。やはり番は押し付けられていたが、それよりも、注視する点はさも普通のことのようにからからと笑ったことだ。悪かったとは思っていないらしい。だからと言って特別に何か気が悪くなるわけではないが、彼女はきっとそういうヒトなのだ。ただ流石に警戒態勢からか、先日と違って防衛意識があるのは良きというべきか。

 それに、たしかにこれはこれだ。負い目があるからといって、気持ちがマイナスに向いていないとは限らない。彼女からしてみれば面白くはないだろうが。

 だが私にはどうだっていい話だ。

 入り口に建つアーチの前に立つと、地面に背の大剣を刺す。すぐさま手に取れるようにするために。


「一昨日も思ったけどさ、随分と大きい武器使ってるんだね」

「振れさえすれば、一撃で終わらせることが出来ますので」

「はは、随分な自信」


 ただの事実だ。


「でもさ、だいぶ重いんじゃないそれ。不利になるシーンのほうが多いでしょ」

「問題ありません」


 言うと、「へぇ」と呟いて微笑みをフッと唇のふちに浮かべた。その意味はきっと分からないため破棄するが、称賛ではないことだけは分かる。そして相手が彼女の場合、あまり良くないことであることも。


「言うねぇ」


 じっと探るように私の顔を見つめる。その眼はありもしない私の志を読み取るかのようで、そして黙ったまま笑みを張り付けた。


「そんなこと言うから、ちょっと騎士様に興味湧いたな」


 反芻する。

 興味が湧いたとは、どういった意味合いでの発言だろう。今までにもそういった旨の言葉を受けたことはあった。しかしそれは、あくまでこの髪色への好奇の目だ。決して私自身に対してではない。

 品定めするような粘っこい視線。彼女の目も、今までのそれと同じように感じた。


「白髪だ、珍しいね。どこの出身?」


 あまりいい感覚ではない。体を視線という蛇が這っている、例えるならばそんなふう。兵士時代から慣れたものではあるが、なるべくなら遠慮したい感覚だ。


「分かりません、孤児ですので」

「ま、そうなるよね」


 頷く。腑に落ちた様子から、彼女は白髪がこの国にいないことを知っているようだった。聞いたのは恐らく確認のためだろう。私のような髪の白い者が、好き好んでこの国にいるわけがない。つまりはその理由の確認だ。


「なるほど、なるほどねぇ」


 そう一人で納得し、同じ言葉を何度か繰り返す。カルム村の者にしては、妙に何かを知っているような口振りだ。彼女自身か、或いは夫か。考えられるのはどちらかが外からやって来た人間だった、ということくらいだろうか。


「ってことは、カルムに来たのは厄介払いかな」


 何も言っていないはずなのに、言い当てる。どこまで知っているのだろう。まるで私の経緯を見てきたかのようなその内容に、思わず上瞼をひきつらす。

 厄介払いという単語が、喉元を引っ掻き続ける。

 その言葉から、少なくとも白髪の扱いについては知っているようだ。まだそこまで多くの村人にこの頭を晒したわけではない。本音か分からない感想と無言がこの村での反応だった。しかし、その事情について立ち入ってきたのは、カルムでは双剣の彼女が初めてだ。

 それに、私はただ口を噤む。沈黙だけが、この私に出来る唯一の事だ。どう誹られようとも、どう探られようが黙ってさえいればいずれ過ぎ去る。

 視線を彼女から背け、隣で聞こえる音を完全に無視し、あてもなく曇天を眺め続けた。そうしていると、今までがそうだったようにやがて双剣の彼女も言葉を発しなくなる。

 首都であるルユにいたときと同じだ。不快だと感じられれば詰られる。そして、その対応も同じ。未だロラや長鎗の彼女から直接攻撃されてはいないが、時間の問題だろう。虐め、玩んでもよい物。私のことは恐らくそう伝播されていくはずである。

空は曇天のまま、ほどなくして彼女の代わりがやってきた。去り際に、双剣の彼女は私の耳元で囁く。


「ごめん、そんな黙っちゃうと思わなくてね」


 恐らく、意図してのことだろう。でなければ、あんなにも冷やかな微笑を携えるわけがない。

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