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episode35 「村長としてはどうしても聞いときてぇことがある」

「騎士殿よ、村長としてはどうしても聞いときてぇことがある」


 霧がかかるように、顔から険しい相が現れる。問いは分かり切っている。自分が本当に村を陥れる間者かどうかだろう。本当だった場合も肯定するわけはないが、答えは否である。

 そう問われると、思っていた。

 しかし、村長の言葉は私の想定とは違う、慮外なものであった。


「どうだ、この村は」


 拍子抜けするようなことを言う。それは完全に想像の範囲外で、出鼻をくじかれた私は思わず「はっ?」という声を漏らしてしまった。


「いやな、騎士殿から見てカルムはどうだと思ってな」

「どう、と言われましても」


 私の答えはいいえ、そう返す予定だった。それが蓋を開けてみればこの村をどう思うかという、なんとも曖昧な問い。改めて村長が危機感を抱いているのか分からなくなる。

 そうやって答えかねていると、村長は私の滑稽さに動かされてか反射的に微笑む。


「まだ二日間じゃ分からねぇか」


 よく分からない、というのが率直な感想だ。寛容かと思えば、先刻のように私に悪意を向けてくる者もいる。受け入れられているのか、拒絶されているのか判断出来ない。いつもなら何も考えず任に務めるのだが、なんとなく調子が狂う。私に対する感情は悪意ばかりだったのに。ここでは様々な感情が、頭を乱しては別の思いがまたかき乱していく。戦場とは違う意味で、吹き付けるものが多すぎるのだ。


「まだ、よく分かりません」

「そうか。まあ、しゃあねぇな」


 言いながら、村長は髪の毛に手をつっこんで頭を掻いた。


「私は間者なのかどうかを詰められるとばかり」

「聞いて、もしそうだった場合教えてくれんのか」


 それはない。

 そう首を振ると、「だろう」と言って笑った。


「生憎優秀な奴らに恵まれてな。最終的な判断は俺が下すが、鎮座してるだけだ」


 信頼している、という意味なのだろう。しかし判断を下し責任を負うという役目は、それだけで大きな負担を負う。ときに地位を失い、命を以て償う場合もある。それを集落の者達の適材適所という言葉だけで済ませるには、あまりに強い想いだ。

 自分以外の者に命を賭す、分からない理念である。命の価値が軽い環境にいた私には。自分が可能だと判断した範囲で事を為し、出来なければ死ぬ。それだけだ。確かに、命がけという言葉がある。死を意識することで、一人の兵がその生存本能によって一騎当千の活躍をする場面を、私も見たことがあった。しかし、命を投げ捨てるほどの期待をされたところで、私の性能が跳ね上がることはない。全力ではあるが必死に至ることはないのだ。

 なので私はきっと、その信頼する者達の中に入ることはないだろう。入りたいと思うこともないだろうが。


「だから探り入れるのは向いてるラヴァーグがやりゃあいい。俺ぁ最後だ」


 何故彼が村長なのだろう。帯刀している点から、少なくとも自分でも戦闘は出来るはずだ。ただ、それだけで村長にはなれない。娘が自警団にいることから、彼も元は自警団だったのかもしれない。それでも、ならばなおさらその警戒心の見えなさは訝しい。単に、その警戒心が巧妙に隠されているだけかもしれないが。


「騎士殿は明日朝から立つつもりなんだろ、とっとと寝るのを勧めるぜ」

「いいえ、平気です。それより村長こそ、ずっと起きているつもりなのでしょう」

「村長がさっさと寝るわけにゃあいかねぇだろ。それに、もしなんかあったとき、俺が起きてねぇと困るだろうからな」


 その責任感はきっと、評価に値するだろう。実際に敵兵を見つけた途端に逃げ出す将軍もいる。任務だから、という理由で戦闘する私とは別の意思(もの)。そして、それ以上を評価する権利は私にはない。


「しっかり寝ねぇと、騎士殿だって朝から万全のほうがいいだろ」

「平気です。そもしっかりと休んだ状態で戦を出来るときのほうが稀でしたので」

「だったらなおさらだ。しっかりと休んだ状態から、万全の状態で警戒してくれ」


 一理ある。


「ですが、ここは本部ともいうべき場所。その警戒をしないというのは、その」


 不用心だ。

 そう口に出す前に、村長は鼻を鳴らす。


「心配ねぇよ。屋根の天辺でアレクシが見張ってら」


 射手の彼だ。

 彼は夜目が効くのだろう。視力も優れているはずだ。夜、高台から見張りをする射手とはそういうものだ。どちらともすぐれていなければ、鷹の目は務まらない。

 納得する。

 ここは十全であると。

 となれば、どうやらここからこっそりと出て夜警に就くというのは無理らしい。

 脳内を回してはどうしたらよいかを考える。どうしても、業務に就いていなければならないという思考が付いて回るのだ。今までの人生、その大半を費やした環境で染みついてしまったことは、濯ごうと意識してもなかなか落とせない。

 休日にも関わらず、怠慢だと難癖をつける兵がいたのだ。おかげで当番を押し付けられるはめになり、戦争に駆り出されたときのほうが休息の間が多いときもあった。かといって、別に戦を期待したわけではない。

 そうするしかないからそうした。

 それに尽きる。

 だからいまこのときも、そうするしかないのだと割り切ろう。

 深く息を吐く。


「村長。ではお先に」

「おお、お疲れさん。奥の部屋だ、ゆっくり寝るといいぜ」


 そうもいかないのだが、しかしいまは抵抗手段が身ひとつしかない。大人しく頭を軽く下げて、引き退くことにする。

 まだ二日だ。

 穏便に責務を果たすため、私は淡々とすべきことをするだけ。そのために、こうして言われた奥の部屋へと退がるのだ。それだけで、私は生きるのだから。

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