「村長。まずは騎士様には何をしていたか聞かなくちゃならないんじゃないか?」
黒い羽織りものに肌着。それにくせっけの強い波の打った茶髪が特徴的な彼。鷲のように彫り深く、鼻も高い。歳は大体村長と同程度だろうか。
「お初にお目にかかります。騎士のエメ・アヴィアージュと申します」
軽く頭を下げる。
「副村長のラヴァーグだ、騎士様。まずは村にいない間、何をしていたか聞かせてくれるかい」
片手でろくろを回すような仕草をしながら、狡猾な相で笑う。それだけで、副村長は私に対して肯定的でないことが見て取れた。関係のないことだが。
「ラヴァーグ、騎士殿が何してたかはクリエに聞いたじゃねぇか」
「実際騎士様から聞かないと意味ないだろ?」
道理だ。
分かりました、そう言って事の発端である店主でと視線を向ける。
「私はそこにいらっしゃる商店のご主人に依頼を受け、最近見かけないという商人を探しに村の外に出ました。ただ、当初はカルム村の周辺地理を把握する目的で出歩く予定でしたので周辺を捜索する程度でいましたが」
「リアムが言うには、鎧を洗いたいからと言って川か泉を探してたそうじゃないか」
「はい、その通りです。そこで、魔獣に囚われていた商人を見つけました。時間が遅くなってしまったのは森深くであったのと、魔獣と交戦があったためです」
なるほどね。
口角を引き上げながら、副村長はそう答えた。その所作は芝居じみていて、どこか私を疑うような、冷笑のような冷ややかな表情である。
「クリエとの話に相違はないみたいだねぇ。でも野盗が現れたタイミングが都合が良くてさ、それを証明出来ないとこっちも手引きしたんじゃないかって疑わないといけないんだよ」
人を責めるを楽しむかのような、いびつな笑み。人を嘲るようなどろりとした敵意が、そこにはあった。
「……証明しろということであれば、アセナ様がまたこの村にいらっしゃれば分かるかと」
「それまで待ってろと言うのか、長い話だね」
もっともな返しだ。だが私にはそれ以上組み立てられる提案はない。あの魔獣の元へ行けば解決するかもしれないが、わざわざ身の危険が及ぶかもしれないあの場所へは誰も行きたがらないだろう。あの後、彼女と魔獣がどうなったかも分からないのに。
「いい加減にしねぇか、ラヴァーグ。今は騎士殿を疑うよりあいつらどうするかだろうが」
平手打ちを与えるかのように、村長は云った。しかし副村長の表情は湖に沈んだ小石の波紋ほどの揺らぎもなく、むしろ微笑が浮かべられるような悠揚さだ。
「もちろん今はそのつもりだよ。ただ今は――」
「オレが責任を持つ」
割って入る、場の空気を裂くような大声。それまで沈黙を守っていた店主の一声だった。すぐさま注目を浴びた店主は組んでいた両腕を太腿に置くと、何か意思を含んだような目つきで前を見据える。
「騎士様がいなかったのはオレに一因があるからな。だったら疑いが晴れるまではオレが責任を持つのが筋だろ」
言い放つ店主のその顔を、副村長は含みのある目で見た。柑橘類の皮を一枚一枚剥いでいくかのように、推し量り剥いていく。正直に言えば、私としては店主が責任を持つ必要性はないように思う。責任を負うのが指揮官を義務と言えるが、彼は私の上官ではない。私は店主に言われ、必要性のある事だと思ったから遂行した。だからそこに職務性はない。
しかし、店主の申し出を以てしてもなおその歪んだ微笑は、刻まれでもしたかのようにやまない。
「言うじゃないかクリエ。もし騎士様がとんでもない悪党だったら、どうするんだい」
「そんときは……、まあ煮るなり焼くなりすりゃあいい。騎士様をぶっ殺してからだがな」
まるで私はいないかのように、話が進んでいく。別に割って入る箇所もないが、しかし自分以外の処遇が関わるとなると荷が重い。ましてや生き死にが関わるのだ。流石にこのまま棒立ちというわけにはいかない。
「お待ちください」
なので、微妙な間が出来たところで割って入っていく。途端に家にいる皆が私の方へと視線を向けて、不思議な沈黙が生まれた。特に副村長の視線は辟易、そんな意思すら籠っていそうな目つきだ。
「ご主人が責任を負う必要はございません。そもそも私が騎士として機能していれば問題のない話です、ですから――」
「ですから、なんだい。まさかあの商人が村に来るまでずっと入り口に立ってくれるのか」
ですから私が、その後に続ける言葉を遮って副村長は云う。都合のいい言葉だった。提案しようとしていたことを、先に提示してくれたのだから。
「はい、その通りです」
同意するように相槌を打つ。
皆が黙っているのは同意ということだろうか。それとも、こいつは何を言っているのか、という困惑か。たしかに、自分が何か提案を出来る立場ではないのは承知の上なのだが。ただ異を唱えないとなると、その是非の判断が出来ない。どちらでもない、というのが一番厄介だ。
「あの」
しかし、そう口にしたときだった。
「騎士殿」
それまで組んでいた腕を解き、村長が口を開いた。
誰かがおかしなことを言えば、何処からともなく短剣でも飛んできそうな、そんな雰囲気。音のないこの空間では、ピリピリと空気が張り詰める音すら聴こえてしまいそうだ。
副村長の眉間に絶えず皺が刻まれては消える。
「今は自警団も皆立ってるし、リーデが門番をしてんだ。そう急ぎなさんな、急くこたぁねぇよ」
ですが。
そういう前に副村長が間髪入れずに発言する。
「そんな呑気なこと言ってる場合かい。それに騎士様はいまロラの家に居るんだろう、あまり良くないんじゃないか」
「騎士殿にその気があるんなら、とっくに殺ってら」
それは、どうだろう。
そういった趣の任であるならば、もう少し取り入るなどしただろうが、いまその話は必要ない。そう脳内で頭を振る。
「ま、ともかくだ。お前が言う懸念も分かる。だからこうしよう、騎士殿には明日から門番に立ってもらう。自警団も一人つける。どうだ」
異論はない。
自分の提案と差異はなく、やることは変わらないため二つ返事で応じる。それに続くように他の者も納得していくが、副村長だけは手の甲に顎を置くようにして考えていた。そして大きく息を吐くと、やがて「分かった」とだけ口にした。これはどういう溜め息だろう。思案か、それとも自分の意を飲み込むための時間か。
どちらにしろ、私はやっと守護に任に就ける。それだけは明確なことだ。
「ってことだ騎士殿。よろしく頼むぜ」
「承知致しました」
少しだけ、安堵した。責務を全うすることでしか、私という存在は肯定されないのだから。私がこの場所にいてもいいという任が、ここにはある。
ただ、それだけでいい。
その意味を噛み締めて、私は騎士としてようやく初陣する。