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episode26 「……騎士」

「馬鹿め、敵うはずないだろ!」


 鋭い声で叫ぶと、男たちは武器を取り出して構えた。両者とも金髪であるため、どうやらフリストレールの者ではないらしい。槍を持つ男と、盾を持つ男。役割を攻守で分担しているようで、見たことはないが恐らく動きづらいだろう。槍の男は既に突きの体制に入っており、私の喉元を正確に攻撃する。私はそれを屈んで躱すと、そのまま懐へと走った。


「兄貴!」


 盾の男が、武具を槍の男の前に翳す。

 その判断は正しい。なぜならすでに、私はペティナイフの一本を男たち目掛けて投擲していた。ペティナイフは金属製の盾により音を立てて弾かれ、男たちの足元へと落ちる。


「よくやったぞ兄弟!」


 槍の男が叫びながら、跳躍する。盾の男の肩を足蹴にして跳び、私の頭上を越えて背後に降り立つとそのまま槍による刺突を放つ。


「は?」


 だが、石礫でも当たったような痛みだった。恐らく穂先は刃物ではなかったのだろう、全くの無痛というわけではなかった。刃は私の背中にわずかに刺さり、そして引き抜かれる。その間に、私は槍の男との距離を詰め、空いた顎に大剣の柄を叩き込んだ。


「兄貴!」


 その声と同時、槍の男は地に崩れ落ちた。手加減はしたため殺害はしていないだろうが、殺傷力の高い攻撃のため保証は出来ない。そのまま盾の男へと走ると、既に防御態勢は取られていた。眼前に盾を突き出した、完全に防御に徹するという構え。

 しかし、躊躇なく。その盾に大剣を降り抜く。


「ま、マジかよ……」


 砕け散る盾を見て、男は思わずそう呟く。

 呆ける男の首根っこを掴むと、そのまま地面に叩きつける。喘ぐ呼吸は火焔のようだった。抵抗しようと私の手首を掴むが、男の意識はそこで途切れる。四肢を放り投げて、そのまま動かなくなった。男たちは何者なのだろう。

 そう思いながら、近くに自生していた蔓で男たちの手足を縛る。大した拘束力はないと思うが、縛らないという選択はない。生きていたらの話ではあるが、話は彼らが覚醒してから聞くことにする。

 私は鎧を洗わなければならないのだから。それでも目覚めなければ、体も洗うことにしよう。


 ……。


  泉で鎧を洗いながら、彼らが何者かについて考える。

 武装解除するのを待っていたため、恐らくは野盗の類だと思われる。脱いだ瞬間に襲い掛かり、私の身と装備を強奪してしまおうという算段だろう。実際、鎧は国から賜ったものでそれなりの値段で売れるはずだ。それに私も、まあ奴隷として売れないことはない。戦争で捕虜となった兵を奴隷として売ってしまうのは、よくある話である。

 ただ、彼らの練度があまり高くなかったため無事だった。退役した兵が野盗になる話もなくはない。彼らが熟練の元将であったなら、私は縛り上げられてどこか遠くへ売り飛ばされていたに違いない。今日ないし明日に完成するであろうヤグラに、私は上らなければならないのだ。役目を全う出来ない騎士など、国も村も必要としないだろう。なので、こうして彼らを縛り上げることが出来たことはツイている。

 洗い終えた鎧を見て、そう感じた。結局、洗い終えても男たちは目覚めなかった。そのため、やはりここで体も洗ってしまおう。

 思って、肌着に手を掛ける。


「おい」


 しかしその前に。男の片割れから呼びかけられる。どうやら既に覚醒していたらしく、声を掛ける機会を窺っていたようだ。


「襲おうとしておいてなんだが、そういうのどうかと思うぜ」


 そういうの、とは縛り上げていることを言っているのだろうか。自分に敵意を持って襲い掛かってきた者を、拘束することに矛盾はないはずだ。伏したとはいえまた攻撃してこないとは限らない。それも推定ではあるが、野盗の手足を自由にしておく理由はない。


「襲い掛かってきたのはそちらでは」

「いや羞恥心とかないのかよ。目のやり所に困るってんだよ」


 野盗の身分で、この者は何を言っているのだろう。それこそ人の身体などいくらでも見る機会はあっただろうに。それとも、野盗になって日が浅いのだろうか。どちらにせよ、白髪の身で今更抱く羞恥心など持ち合わせていない。


「体を洗いたいのです。私が水浴びをするのは勝手では」


 あぁ、そうかい。

 そう言って彼はしらけた笑いを顔に張り付けた。


「何故、このような場所に?」


 すると彼は眉に嫌みを刻んだ。彼は私に捕縛された身で、ばつが悪い反応を見せるのは自然だろう。だが、私は彼らに襲われた身であり、どうでもいい者とはいえすぐに解放する筋合いもない。


「そうですか、では」


 大剣の柄を握る。その途端、火が出たように慌てだし未だ気絶しているもう一人に矢叫びのような声を掛けた。

 アレク。アレク。

 そう、呼びかける。

 しかし彼は答えない。喉の圧迫で気絶しているわりには随分と長い失神だとは思う。死んでしまったか、或いは既に覚醒しており気絶しているふりをしているかだ。だが、彼らは恐らくカルムの村人ではない。そのため、私は彼らの命を保証する義理はない。一応私は襲われた身で、彼らを無力化してもいい正当性もある。命までは取らない、そんな温情はない。

 地に突き刺した剣を抜く。そういえば、刀身を洗うのを忘れていた。なら彼らの首を刎ねたあと、それから濯ぐことにしよう。


「ま、待った! 待ってくれ! 俺らはグリフォンを捕らえに来たんだ!」


 慮外の言葉だった。どうして、偶発的に遭遇した野盗がグリフォンのことを知っているのだろうか。人に騎乗されているとはいえ、滅多に目撃されるものではないだろう。その存在が知る所となっているということは、たまたま別の個体が目撃されて噂となっているか。または、商人が手懐けていたという個体が何らかの理由で主から離れて森に住み着いたかだ。

 何にせよ、現段階では彼らに剣を揮う必要はなくなったと言っていい。そうして振り上げた剣を降ろすと、ずっと喚いていた彼の声はそこでぴたりと止まった。


「どういうことでしょうか。グリフォンとは?」


 まさか自分の目的の一端がこんなところで掴めるとは思ってもいなかったため、思わず一歩踏み出す。聞き出すべきだろう、例え片方の彼を寸断したとしても。先に襲い掛かってきた時点で彼らは、命のやり取りに文句を言える立場ではない。

 幸いと言うべきか、彼は口が堅いわけではないように見える。それは、これまでの彼の様子から鑑みることが出来る。


「この森には最近になってグリフォンが出るって噂が立ってんだ。だから捕らえて売っちまおうって思ってたんだが……そこにお前がいた」


 絡まった糸が解けていくのを見つめているようだ。最近になって、ということから別個体であるとは考えにくい。この森に生息しているのは、恐らく商人が騎乗していたグリフォンだ。暫定的ではあるが、そう考えてこの先行動して問題ないだろう。


「なぜ森にグリフォンが現れるようになったのですか」

「それは知らねぇな」


 彼は即座にそう返した後、首を横に振り肩をすくめた。


「もういいだろ、解いてくれないか。俺らじゃお前に抵抗出来ない。というか、いつまで伸びてんだ兄弟」


 確かに、失神にしては時間が長い。手加減はしたはずなのだが、まさか殺してしまったなんてことはあるまい。


「……私に襲い掛かったのは?」

「いい女がちょうど水浴びしそうだったからよ」


 そう言って浮かべた笑みは、静かな泉の景観にひとり毒汁のように流れた。


「そうですか」


 不純ではあるが、確かにあり得ない話ではない。彼らは、女性ならば見境がないのだ。それこそ白髪である私など関係なく。

 そこまで考えて、やはり彼らはフリストレールの者ではないのだと確信した。何故なら、彼らは私の髪のことは今まで一切触れていない。フリストレールの者ならば、まず相対した時点で誹るはずなのだ。それがないということはやはり、彼らは異国の者なのだろう。


「……あちらの方だけ解放致します」


 最早殺すまでもなく、それよりも解決の糸口であるグリフォンだ。たまたま住み着いてしまった可能性も当然ある。しかし、目撃されるほど居座り続けているこの森。もう少し捜索してみてもいいのではないかと思う。


「なんでだ、俺に抵抗の意思はねぇ」

「信用出来ません」


 対して彼は舌打ちして、目論見が外れたことを私に伝えた。解放した途端、素手で殴りかかる予定だったのだろう。意識があり、饒舌な者など気安く解放するものではない。気絶している彼も安心は出来ない。気絶しているふりの可能性も十分にある。

 盾持ちのように緊張感の壁を張りながら、盾の男に近づく。双眸は未だ閉じていた。じっと見つめるが瞼に動きはなく、しかし呼吸はしている。やはり意識はない、ように見える。

 ゆっくりと慎重に、彼を縛る蔓を引き千切っていく。蔓は中々に硬く、きつく縛ったのは自分とはいえ解くのに手こずった。ぎしぎしと蔓の軋む音がし、やがて千切れると解放された彼の手が力なくだらりと垂れる。そして同様に、足首を縛った蔓も引き千切っていく。手首よりもきつく縛ったそれを解くには、思いのほか時間を要した。

 時間にして七秒ほど。

 音を立ててそれが千切れると、途端。

 盾の男は突然目を見開いて立ち上がると、私へ殴り掛かってきた。


「やるじゃねぇか兄弟」


 傍らで槍の男が言う。

 力任せに振るわれた拳は、しかし私を倒すまでには至らない。その攻撃は確かに熱を持って顔を襲ったが、大振りのわりにダメージがなかったのだ。生憎だが、私は昔から痛みに対し鈍いらしい。

 彼は驚いたように大きく口を開いて、一瞬自らの時を止めた。その顔面を鷲掴みして、地面に叩きつける。やはり、警戒しておいて正解だった。


「なんなんだ、お前は」


 槍の男は思わずそう呟いた。


「騎士です。カルム村を守護する、ただの騎士」


 「……騎士……」と噛み締めた唇から、呻きが漏れた。そしてがくりと無気力に項垂れると、そうして槍の男は沈黙する。

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