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episode23 「どうでもいいだろ、そんなこと」

 そうして2本のペティナイフを購入すると、商店を出た。値段は良心的で、今まで意図して支給される金貨の数を減らされていた私にとっては、とてもありがたい。村だからこその価格設定なのだろうが、なんにせよこれで万が一の際における暗器も確保出来たことになる。

 外に置いた武具を装備し直すと、そのまま巨躯の彼が立つ入り口へと向かう。雨で洗われたとはいえ、この鎧も一度血に塗れている。そろそろ一度水洗したいところではあるが、そのようなことをしている場合ではない。付近に川か泉なんかがあれば別だがあまり期待はしないことにする。

 村の入り口には早朝と変わらず巨躯の彼が立っていた。岩陰で番人の責務を横着していた双剣の彼女とは違い、しっかりと腕を組んで入り口に立ち塞がっている。

 だがしかし、そこには何故か兵士の姿があった。先日まで私も装備していた防具を身に着けたその兵士。何やら巨躯の彼と兵は互いに声を張り上げており、押し問答を繰り返しているようなのである。私にはどうしてカルムに首都を護るための兵士がいるのか分からず、その様を見つめていた。


「だから、この村にエメなんて奴はいねぇんだって」

「分からない奴だ、あの女がここに昨日来ただろう? あいつを出せと言っているのだ」


 兵士の言っていることを汲み取るとどうやら誰かを探しているようだ。そして、その誰かの名前は明らかに私の名前を告げていた。


「失礼いたします。どうかされたのですか」


 出せ。知らない。そんな嚙み合わない主張の間に割って入る。そういえば、巨躯の彼は私が名乗る前にその場を立ち去ったのだった。声に反応して、両者は私へと顔を向ける。特に兵士のほうは侮蔑をきわめた表情を二つの目に集め、私の顔を斜めに見返す。道端の吐瀉物でも見てしまった、そんな顔。


「おう騎士様」


 巨躯の彼はそう気さくに反応した。それに、私は頭を軽く下げることで返事とする。状況に反してあまりに気軽に返されたものだから、少し意外だ。今まで目の前の兵と言い争っていただけに、こちらにも苛ついた風に返事をするだろうと思っていた。


「幽霊のくせに出迎えが遅いんだよ! いい身分になったもんだな」


 怒りと苛立ちが含まれた声。そしてそのまま兵士は私のほうへとやって来ると、空中で何かが炸裂した。したたかに頬を叩かれたのだと、兵士の動作ですぐに分かった。別に痛いわけではない。しかし、その様を見た兵士は気に食わなかったのか、すぐに右手を振り上げて二発目があることを示す。


「おい」


 だがそれは、巨躯の彼がその手首を掴むことで阻止された。すぐさま巨躯の彼を睨み返すが、その腕力には敵わないと判断したのか抵抗の意思を消す。それを見て、巨躯の彼も兵士の腕をそのむくつけき巨腕から解放した。

 兵士は舌打ちをして不機嫌なことを主張してくると、腰に括り付けてあった拳二つ分ほどある革袋を、私のほうへ押し付けてきた。それが何か分からないまま、私は手のひらで革袋を受け取る。手のひらに置かれた際の金属音で、私はその中身が金貨なのだと知覚した。私が受け取った様を見て、兵士は革袋の縛りを解くと、突然中に手を突っ込んだ。そして中の金貨を何枚か掴んだまま手を取り出すと、恐らく自分の物であろう革袋を取り出してそのまま金貨を入れる。


「今回はこれくらいで勘弁してやろう」


 懐に革袋を仕舞いながら、そう言う。支給金をくすめられることなど今に始まった事ではないため何も思うところはないのだが、まさか村人の眼前でもお構いなしにかすめ取っていくとは。


「国の兵士が堂々と泥棒か?」

「ふんっ、幽霊に金などいらんさ」


 それで兵士は、初めて口の隅に笑いらしきものを浮かべた。それは巨躯の彼を呆れさせるには充分な皮肉さだった。


「いいか、30日経ったらまた来るからかな。騎士様よ」


 業務連絡のわりには言葉にとげが生えていた。鎧の金属音は響かせながら、去っていく兵士の後ろ姿は心なしかすっきりしたように見える。恐らくは、私を誹ったからだろう。黄土色の髪をした兵はそうして、引かれるように草原にまぎれて、たちまち見えなくなった。


「性格の悪い兵士だな」


 見えなくなったと同時、吐き捨てるように巨躯の彼が言う。たしかに、国を護る兵士が一般市民の前であのような態度では、私がいたとはいえ口が悪いというだけでは収まらないだろう。今まで自分たちで土地を守ってきた彼らなら、なおさらの評価だ。国はこのような者に守られているのか、と。


「……恐らくは私がいたからでしょう」


 それに、巨躯の彼は分からないという風に首を傾げた。


「白髪はフリストレールでは迫害の対象ですので」


 前髪を触り色を強調しながら言うと、しかし巨躯の彼はまだ納得のいかない様だった。腑に落ちない、そう主張するように腕を組み低い唸り声をあげる。


「オレは国の歴史なんざ学んでないからな、事情なんて分からん」


 なるほど、彼が白髪に反応しない理由は、恐らくは敗戦の知識がないからだ。村という閉鎖空間で、わざわざ国の歴史を学ぶなど、余程興味を持たなければ必要ないことだろう。ロラのあの反応も、それならば頷ける。


「フリストレールはその昔、銀髪の民族に敗戦したのです。ですから私が――」

「どうでもいいだろ、そんなこと。オレの彼女だって紅藤の髪に加えて褐色肌だぞ」


 遮るように、フリストレールの集合意識を一蹴する。彼の思い人が何者かは分からないが、その特徴から恐らく東方の者だろう。東方の民族がフリストレールに迫害されているという話はない。その擁護は、的外れだ。別に、白髪であること自体を気にしているわけではない。

 それに、「自分は気にしていない」。のちに虐げてくる者の常套句だ。その言葉は、聞き飽きた。

 仕方のないことなのだ。

 村人である巨躯の彼には、どう話そうと理解外のことなのだから。

 だからもう、どうだっていい。

 それよりも、予想外の場所で金銭を手にしてしまったため、一度ロラの家に戻らなくてはいけない。周囲の散策で金銭を持っていても何も役に立たない。精々敵の目に投げつけて目つぶしになる程度だろう。


「そう、ですか」


 巨躯の彼との会話を切り上げて、元来た道を戻る。彼はその場を去ろうとする私に対し、特に何も言葉を投げかけてはこなかった。そもそも内容が、彼とは関係のない話なのだ。呆れてしまったか、そもそも興味のないことだろう。

 それ以上私と話を続ける意味のなさを、そこで悟ったのだ。

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