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episode22 「見かけたらでいい。すぐ分かる。なんせ」

「何故、ですか」


 そう問うと、店主は体をそのままに背後の階段を見る。


「娘が怖がんだよ」


 子供が怖がっているのは恐らく、声量も一因だろう。などとは口が裂けても言えない。余計なことを口にして処分された兵などたくさんいる。


「……承知いたしました」


 装備を解除する不安は若干あるが、そう言われたなら仕方がない。大剣の留め具を外し、地面に突き刺す。たしかに、大剣は店内に入るうえで私以外の者には邪魔になる。剣を地面に突き刺した音で、店内にいる者が驚異の眼をみはった。

 そして腕当てから外していき、上半身の武装を解いたところで何故か店内で雑多なざわめきが起きていることに気が付く。肌着は着ているため、素肌は晒していないはずだが。


「おいおい、待て待て待て!」


 どうしてか、その声色には奇妙な焦燥感が含まれていた。そもそも声量の大きい彼がさらに声を張って、村人たちは耳を押さえる。昨日聞いた汽笛にも勝る声量に、かたかたと商品棚が揺れた。


「いかがされましたか?」


 私の手はちょうど腰当を外そうとしていたが、そんなにも大きな声を出されたら止めざるを得ない。


「いかがなされた、じゃねぇよ! こんなところで脱ぐんじゃねぇ!」

「ですが鎧を外すよう言われましたし、それに肌着も着ています。猥褻な恰好を晒すわけではないので……」

「そうじゃねぇ。入り口でそんなことされたら邪魔だっつってんだよ」


 なるほど。幸い誰も入店がなかったため阻害にはなっていなかったが、決して広いわけではない出入り口で装備を解除するべきではなかった。剣と鎧を持ち込むなという言葉を優先してしまったため、たしかにその怒声は道理だ。上官が武装解除と言えばその場で鎧を外すことが当たり前であった私には、その配慮は欠けていた。


「……失礼しました」


 一瞬だけ、ここへやって来るときに着ていた洋服のことが頭をよぎった。恐らく村内を散策するのに印象がいいのはあの装いだろう。だが、あんな動きづらい服で歩き回っていてもしもの事があった場合を拭い切ることが出来ない。


「いやまあ分かってくれんならいいけどよ、脱ぐのに躊躇はねぇのか騎士様は」


 脱ぐ、躊躇、誰に。という疑問がひらっとしたが分からないため放棄する。店内の村人が小声で何やら言葉を交わしていることに「はてな」と思ったが、恐らく私と店主との一連のやりとりを見て話題にしているのだろう。なんて無恥な娘なのか、と。

 脱いだ上半身の鎧を外の壁沿いに寄せて、改めて入店することにした。見渡すと個人で経営する商店としては中々の広さで、恐らく村という閉鎖された地域において競合相手が存在しないのだ。内装にこれといって工夫やこだわりは窺えず、木造の一室に商品が展開されているという風。並べられた棚には食用品や生活用品などが陳列されている。品揃えを見る限り、村人からは重宝されているだろうことは想像に難くない。

 ただそれよりも気になるのは、どこからこの品々を仕入れているのかということだ。野菜や穀物がないのは理解出来る。村単位で育てているためわざわざ購入する必要はない。だが他の肉類や生活用品、嗜好品などは一体どこから仕入れているのだろうか。

 ふと疑問に思って、商品を見て回るよりも先に店の奥で椅子の背もたれに目一杯体重を掛けて座る店主の下へと向かう。その様を店主も見ており、口を解きながら茫然と私を見つめている。


「ご主人」


 棒杭よりも、もっとキョトンとした表情。


「伺いたいのですが」


 目の前までやって来て声を掛けて、ようやく店主は「あ?」という声を出した。何故私が目の前にやってきたのか分からず、忘我していたのだ。


「カルムは主に野菜や穀物を生産していると聞きました。この店の商品はどこから仕入れているのでしょうか」

「……どういう意味だ」


 明らかな、いらただしさを感じた。眉を顰め、少しでも触れば爆発してしまいそうなほどだ。


「気を害してしまったのなら申し訳ありません、ですがあまりに品揃えがいいものですから」

「それは興味で聞いてんのか? それとも、騎士様として聞いてんのか?」


 その言葉で、苛立っていることに納得した。店主は恐らく、村では入手出来ないものをどうやって手に入れたのかという詰問を、騎士の私から受けたことで取り調べられていると思っているのだ。私としてはふとした疑問のつもりだったのだが、それほどまでに彼を憤慨させるとは思いもしなかった。


「ふと気になっただけなのです。どうか、お許しください」


 頭を下げる。


「お父さん、それくらいで怒らないの」


 途端。

 少女のか細い声が店主を窘めた。その声はとても落ち着いた調子で、「お父さん」と言うからには先ほどの話から推測するに娘の声なのだろう。どうやら店主の沸点が低いのは日常的な事らしい。そして、怖がっているのは本当に父の大声に対してではないようだ。

 それに、店主は抑えきれない苛々とした情を燃やして瞳を火照らせる。焦燥の視線が執念深く鏃を飛ばし私の貌を突き刺してきた。だがやがて落ち着くためか息を一つ深く吐くと、そうしてひとまず怒りという感情は鳴りを潜める。


「カルムには色んな商人が通りかかんだ、そいつらとまあ物々交換したり普通に品を買ったりして仕入れてんだよ」

「感謝致します。気を悪くさせてしまい申し訳ありません」

「全くだ、悪いことはなんもしてねぇよ」


 私としても、とりわけ悪い事はしていない。しかし、さきのことがあったためその言葉は飲み込むことにした。


「あぁ、本当に苛つく。そういや騎士様、あんたカルムを見て廻ってるっつってたが外も見て廻るのか」

「はい。あまり遠くまでは行きませんが、ある程度は見て廻るつもりでいます」

「なるほどな」


 質問の意図はよく分からなかった。まだ苛々としているようだが、まさかそのまま外へ行ったまま帰って来るなとは言われないだろうか。

そうなった場合、非常に困る。


「さっき商人が通りかかるっつったろ。だが最近贔屓にしてた商人が一人来なくなっちまった。もし見かけたら教えてくれねぇか」

「……あまり遠くを見廻れませんが」

「見かけたらでいい。すぐ分かる。なんせグリフォンに乗ってるからな」

「グリフォン、ですか……?」


 グリフォン。

 鷲の体に獅子の下半身を持つ、魔獣と同じく通常の生物を超越した存在。私にはその程度しか知識がないが、騎乗する者がいるというなら人に害を為す存在ではないのだろう。


「あぁ」

「商人がグリフォン乗っているのですか」


 騎乗しているということは屈服、或いは手懐けられるほどの力を持っているということだ。その商人がカルムに来なくなった理由はいくつか考えられる。


「単にうちの村に寄らなくなっただけなら、まあしゃあないがそれでいい。だがよ、世話になってる一人だ。何かあったならちと心配だ」


 たしかに、彼からしたら得意先の一つだ。あまり真剣に聞いている素振りを見せない村人たちも、この店の品揃えに関わることである。内心気にしていてもおかしくはない。

 現にお客さんの一人はこちらを見ないようなふりをして、何度かこちらを盗み見ている。

 きっとこれは、自分の任とは関係ない。騎士は村を護ることが責務だ。しかし、これは村の物流に関わる問題である。ならこれからここを拠点としていく者として、私にも無関係というわけではないはずだ。


「……分かりました、覚えておきます」

「おう、頼む」


 ヤグラはどれほどで完成するのだろう。木材を組み合わせていくという構造から、そう何日も掛かるものではない。ならばいつでも出来る村の散策よりも、こちらを優先したほうがいいのではないか。

 考えて、装備を最低限整えなければならないことに思い至る。


「すみません、ここに刃物は置いておりますでしょうか」

「刃物だぁ? ペティナイフぐれぇならあるが」

「構いません」


 刺されば何でもいい。ただ、相手が人であるなら投擲で貫通しないことは利用される可能性に繋がる。戦いにいくわけではないが、もし捕縛されていた場合は戦闘する必要もあるだろう。

 店主の言う通り、何もないのならそれが一番に違いない。私はあくまで村周辺の散策を目的にしているのだから。

 そうして2本のペティナイフを購入すると、商店を出た。値段は良心的で、今まで意図して支給される金貨の数を減らされていた私にとっては、とてもありがたい。村だからこその価格設定なのだろうが、なんにせよこれで万が一の際における暗器も確保出来たことになる。

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