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episode5 「だが信用したわけじゃない」

「ちょっとちょっと、待ってよ二人共」


 再びロラが私たちの間に入る。だが、今回ばかりは仲裁に入る意味がないと思う。私が実力の表明を提案し、彼はそれを受け入れた。事が進むだけで解決へ向かうのだ、終わる気配のない話し合いよりよっぽど合理的である。


「ロラ、これが一番早い解決手段です。どうか許してください」

「いやいや見過ごせないよ、喧嘩は駄目だって」

「騎士も俺もそれで納得してるんだ、口を挟まないでくれロラ」


 「いやでも」そう言ってロラは口をつぐんだ。吐きたい言葉があったのだろうが、最終的に諦めて飲み込んだという風だった。奥様は気が気でなさそうに胸の前で手を組んでいる。口を挟む余裕がないのだろう、なんとかして戦闘は阻止しようと口を挟んでいたロラとは違い割と小心者なのかもしれない。

 経緯に聞き耳を立てていたのか、広場には既にまばらに村人が円を描くように集まっていた。


「見たところ射手のようですが、武器は使用しますか」

「ナイフがあるからそれを使う。安心しろ、寸止めしてやる」


 ある程度の距離を取って向かい合うと、その瞬間から独特な雰囲気が辺りを支配し始める。こうして向かい合って一対一の決闘をするのは初めてだった。


「そっちこそ、その背中のデカブツは使うのか」

「いいえ」


 手加減すると思われたのか、彼は不機嫌そうに舌打ちした。決して手を抜くわけでない。殺すために戦うわけではないのだ、であれば背中の大剣を抜く必要はないだろう。彼の実力が分からないとは言え、抜いてしまうと最悪の場合殺してしまいかねない。


「先手は譲ってやるよ」

「いえ、お構いなく」


 「そうかい」そう呟きながら彼は腰に差してあったナイフを抜くと、中段に構えた。それと同時に、周囲を取り囲んでいる村人たちのざわめきが落ち着きを取り戻していく。

 彼の疾走が始まる。

 しなやかな、なかなかに速度のある疾走だ。

 一瞬で私の目の前まで距離を詰めると、そのまま首筋目掛けて刃を突き出す。急所を突くことに躊躇のない、狩人のような一撃。私はそれを左に体を傾けることで躱すが、間髪入れずに右足が顔目掛けて飛んでくる。


「鎮め!」


 否。

 それは手のひらで防御する。専門的な鍛錬を受けていないにも関わらず、今まで村を守ってきた一人という実績に偽りない練度だ。すぐさま足を戻すと、一呼吸置くため後方へ跳ぶ。恐らく普段遠距離から攻撃するタイプなのだろう、ワンアクションごとに距離を取ってしまうのはきっと癖だ。

 そこへ、地面を蹴って距離を詰める。


「なっ」


 ここまで距離を詰め続けられる経験はないのではないか。自警団と言っても、相手取るのは主に盗賊や獣だろう。それに彼は遠くから弓矢で射撃する役割の人間だ、近距離を強い続ければ自ずと苦手を押し付けることができる。彼が格闘術の達人でもあればこの手は使えないが、足技の練度は先ほど見ている。

 足が地に着いて踏ん張りを利かせる前に、肩を押さえつけながら足を蹴り飛ばす。

 こうして足を刈ってしまえば、彼の体は力なく地面に叩きつけられる。地に伏せた彼はすぐさま立ち上がろうと膝を立てるが、私が背後に回るには十分な時間と動作だった。首に腕を回し締めつけると、たちまち彼の顔は赤く鬱血していき、破裂しそうに膨らんだ。


「くそっ、こんな……」


 私の腕を引き剥がすため、爪を立ててこれでもかと動物的に足掻いたが、やがて気絶して動かなくなった。


「アレクシ!」


 意識を失ったのを確認すると同時に腕を緩める。途端、ロラが彼の名を呼びかけながら駆け寄って来た。村人たちもそれに共鳴するようにざわざわと隣り合う林めいてざわめきが走る。


「やりすぎだよ騎士様!」


 意識を失った彼を介抱しながら、そう私に言う。


「やりすぎ、とは?」

「とは? って、気絶するまでやるなんて……」

「いいえ。意識を奪うまでやらなければ、彼は止まらなかったでしょう」


 意識を失う寸前まで足掻いていたのが、なによりの証拠だ。タップアウトするなり降参の意思表示があったなら、すぐに腕を解くつもりでいた。立てられた爪によるひりつきが、彼が全力で足掻いたというなによりの評価だ。


「だからって、こんな……」


 彼に視線を落としながら、何か物を言いたそうに唇を震わせている。どうするのが一番得策だったのか。双方納得したうえでの決闘だったはずで、かつ一番の解決策だった。きっとロラは争い事を好まない性格なのだろう。決闘が始まる寸前まで、止めて欲しいと訴えていた。私とて、早い話だったから決闘に応じた。別に射手の彼と戦いたかったわけではない。だが私は決闘が必要と考え、彼女は不要とした。ゆえに相容れない考え方なのは間違えない。その考えは理解出来ないため、それ以上の言及はしないことにする。


「やるな」


 突如ギャラリーの中から、一人進み出た。


「あなたは?」

「オレも自警団の一人だ。今のは見事だった」


 岩のような巨躯を持つ男だった。癖のある茶髪に射手の彼と同じ外套を纏っている。外套は自警団である証のようなものなのだろう、周囲の村人達の中にも何人か同じ外套を纏う者がいる。


「お褒め頂き光栄です」

「だが信用したわけじゃない。だから名前だって名乗らない、分かるよな?」


 知りたければ次の相手は自分だ、と言うことだろう。まだ信用していないから名前は教えられない、なるほど納得のいく理由だ。それを肯定するように、私は頷いた。

 それに答えるように、是と男も頷く。


「もう、なんでそんなすぐ戦いたがるかな」


 村人の一人と射手の彼を運びながら、ロラが小言を言う。

 これは手段だ。私の着任を阻害する要因の、その排除。私は戦闘狂ではない。それしか能がないのだから、それを解決の手段にするしかない。そうすることでしか、道を拓くことが出来ないのだ。

 対面するとより一層その巨躯が目立つ。二メートルに迫る背丈だろう、筋肉もしっかりと纏っている。


「武器は使用しないのですか」


 自警団を名乗るわりに彼は何も武装していなかった。


「オレの得物は村の中で振り回すには狭すぎるからな」


 言いながら、指の関節を鳴らす。その口ぶりから、どうやら普段用いる武器はその背に相応の大きさを誇っているらしい。ただ、振り回すという言葉から鉄球などの可能性もあるため断定は出来ない。

 それにこの体格だ、決闘を行うには十分武器となるだろう。


「お前こそ、本当に使わないつもりか。背中のそれは」

「殺すことが目的ではないので」


 なるほどな、腕を回しながらそう独り言ちたところを見るにどうやら納得した様だった。

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