イレーネがマイスター家から姿を消して2日後――
屋敷の中は、イレーネがいなくなったことで、まるで明かりが消えてしまったかのような暗い雰囲気に包まれていた。
「イレーネ……一体何処へ消えてしまったんだ……」
午前10時。
ルシアンは仕事も手につかず、書斎で頭を抱えていた。
「本当にどちらへ行かれてしまったのでしょう……レセプション会場でもイレーネさんの手がかりは掴めませんでしたし……」
リカルドがため息をついたその時――
『大旦那様! 落ち着いて下さい!』
『うるさい! これが落ち着いていられるか!』
大きな騒ぎ声がこちらに向かって近づいてきた。
「あ……! あの声は……」
「まさか……!」
ルシアンとリカルドの顔が青ざめる。次の瞬間――
バンッ!!
乱暴に扉が開かれ、怒りの形相を浮かべたジェームスが室内に現れた。その背後にはオロオロした様子のフットマンがいる。
「お、お祖父様……どうしてこちらへ……?」
ルシアンは席を立ち、声をかけた。
「どうしたもこうしたもあるか! ルシアンッ!! まだイレーネ嬢が見つからないのか!!」
ジェームスは眉間に青筋を立てて、怒鳴り散らした。
「は、はい……手は尽くしたのですが……」
「いくら、あのオペラ歌手とのことは誤解だったとはいえ、そもそもイレーネ嬢に勘違いさせるような行動を常日頃から取っていたのではないか!? だから彼女はお前の元から去っていったのだろう!?」
「……」
心当たりがありすぎるルシアンは一言も返す言葉がない。
「いいか? 絶対にイレーネ嬢を捜し出すのだ。もし、彼女が見つかってもお前の元に戻りたくないというのなら、そのときは私が彼女の身元引受人になるからな!」
その言葉にルシアンは耳を疑う。
「お祖父様! 一体何を仰っていられるのです? そこまでイレーネを気に入られたのですか?」
「ああ、そうだ! 彼女は私の古い友人の孫娘だからだ!」
「「ええ!!」」
その言葉に、ルシアンとリカルドが衝撃を受けたのは言うまでもなかった――
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その後、ジェームスはルシアンに言いたいことだけ一方的に告げると「忙しいから帰る」と言って去って行った。
エントランスまで見送りに出ていたルシアンとリカルド。
ジェームスを乗せた馬車が見えなくなると、リカルドが口を開いた。
「それにしても驚きましたね。まさか大旦那様とイレーネさんのお祖父様が知り合いだったなんて」
「俺だって驚きだ。祖父はそんなこと一度も口にしなかったからな。それにしても以外な繋がりがあったものだ」
ルシアンは腕組みしながら先程の話を思い出していた。
ワイン好きのジェームスは若かりし頃、ワインの名産地として有名な『コルト』を訪れたことがあった。
そこでまだ若者でありながら、ワインの作り手として活躍している人物と面会をした。その人物こそがイレーネの祖父になる人物だったのだ。
身分差があれど、同年代と言うことで2人は意気投合した。
それ以来、年に数回ジェームスは『コルト』を訪れていたのだが、年を負うごとに年々疎遠になっていき……結婚したのをきっかけに縁が切れてしまったそうだ。
「どうして、祖父はそんな大事なことを黙っていたのだろう……。知っていれば……」
「知っていれば、どうだと仰るのです?」
突然リカルドが強い口調で尋ねてきた。
「え? そ、それは……」
「知っていれば、もっとイレーネさんに寄り添えたとでも仰るつもりですか? 私は気づいておりましたよ? ルシアン様がイレーネさんに好意を寄せていたことくらい。なのに、ルシアン様は2年前のことを引きずってウジウジして一向にご自分の気持ちを告げませんでしたよね?」
「おい、誰がウジウジしているだって?」
「しておりましたよ! だからこんなことになってしまわれたのではありませんか!? イレーネさんがここを去っていったのはルシアン様のせいです!! 大体、誰のお陰でイレーネさんと出会えたと思っているのです!?」
「お、お前! 今、その話を持ち出すのか!? それとこれとは今は全く関係ない話だろう!」
幼なじみ同士であるルシアンとリカルドはエントランス前で口喧嘩を始め……ある人物が近づいてきていることに気付いていなかった。
「あの……お取り込み中すみません。少し宜しいでしょうか?」
口論を続けていた2人は、声をかけられてようやく気が付き、視線を向けた。
「あ! あなたは……!」
その人物を見て、リカルドは目を見開いた。2人の前に、警察官姿のケヴィンが立っていたからである。
「僕のこと、覚えてらっしゃったのですね?」
ケヴィンはルシアンとリカルドに笑顔を向けた――