「何だって!? イレーネはブリジット嬢のところにいなかったというのか!?」
書斎にルシアンの声が響き渡る。
「はい、そうです。ブリジット様の様子を見る限り、とても嘘をついているようには思えませんでした」
項垂れながらリカルドが説明する。
「そ、そんな……!」
頭を押さえて、椅子に座り込むルシアン。
「ルシアン様……」
「くそっ! 友人のところへ泊まると言っていたが……一体、イレーネは誰の家に泊まったんだ!?」
頭を抱え……ルシアンは改めて激しく後悔していた。
(そうだ。こんなことになってしまったのも……全て俺が原因だ。あまりにもイレーネに感心を持たなさ過ぎたから……いや、違う。彼女のことはずっと意識していた。ただ、自分が彼女に惹かれていることを認めたくなかったからだ……! ベアトリスの件で、俺はすっかり女性不信になっていたから……!)
「いかがいたしますか? ルシアン様……」
「……こちらでも彼女の捜索は続けるが、連絡が来ることを信じて待とう。それで、リカルド。あの件はもう済んだか?」
「はい、滞りなく手続きは終わりました」
「そうか、ありがとう。とりあえず、リカルド。お前は引き続きイレーネの捜索にあたってくれ。俺は、昨夜レセプションで挨拶出来なかった取引先相手達と会わなければいけない。昨夜の件で、機嫌を損ねてしまった取引先相手が何人かいるんだ。気が重いが、これだけは避けて通れなくてな」
ためいきをつくルシアン。
「承知いたしました。とりあえず、昨夜レセプションが開催された会場に足を運んで聞き込みをしてまいります」
「ああ、頼む。俺も取引先周りが終わり次第、イレーネを捜索する」
そしてルシアンとリカルドは、それぞれ行動に移った……。
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その頃、イレーネは乗客の殆ど乗っていない三等車に乗っていた。
「……ごめんなさい、ケヴィンさん……」
そしてケヴィンとの会話を回想した――
『イレーネさんにはもう、婚約者はいないのですよね? もし……少しでも僕のことを受け入れてくれる気持ちがあるなら、どうか……故郷に帰らないでいただけませんか? お願いです』
イレーネに頭を下げてくるケヴィン。
(ケヴィンさんは、とても親切で穏やかな方だわ。それにとても誠実な方だし……だけど、私は……)
イレーネは自分の正直な気持ちを告げることにした。
『ケヴィンさん、お顔を上げていただけませんか?』
『はい……』
その言葉に顔を上げるケヴィン。
『ケヴィンさんの気持ちはとても嬉しいです……けれど、今の私には気持ちの整理がまだついていないのです』
『ええ、そのことも分かっています。だから、イレーネさんの気持ちが落ち着くまで……返事は待ちますから』
『いいえ……待たないで下さい』
首を振るイレーネにケヴィンの顔に悲しそうな表情が浮かぶ。
『イレーネさん……待っていては駄目なのですか……?』
『はい。私の気持ちの整理がいつ、つくか分からないからです。5年先になるか、それとも10年先になるかも。そんな状況なのに、ケヴィンさんに待っていただくのは心苦しいからです』
『それでも僕は構いません』
『ケヴィンさんはとても素敵な方です。優しくて、とても親切で……そして何より人々の尊敬する仕事をされている立派な方です。私などより、もっと相応しい女性が他にいらっしゃるはずですから』
『イレーネさん……僕では……駄目だということなのですね……?』
『いいえ……多分、私は……もう、誰とも駄目なのだと思います』
『そこまで、マイスター伯爵のことを想っていらしたのですね? 分かりました、イレーネさんをこれ以上困らせたくはありませんから……友人として、お別れします。
どうか、お元気で。もし、再び『デリア』に来ることがあって……困り事があったら 交番を尋ねて下さい』
ケヴィンは笑顔を見せた――
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「私が急にいなくなったことで、皆さん心配しているかしら……」
イレーネの脳裏に懐かしい人々の顔が次々と蘇ってくる。
リカルド、親切にしてくれたマイスター家の使用人達。
友達になってくれたブリジットにアメリア。
気持ちを告げてきたケヴィン。
そして……。
「ルシアン様……」
イレーネはポツリとルシアンの名前を口にし……涙をハンカチでそっと拭った――