「あ! いらしたぞ!」
「マイスター伯爵だ!」
「伯爵! お話聞かせて下さい!」
「ベアトリス様と結婚されるのですか!」
記者たちはルシアンが門に近付くと、一斉に質問を始めた。
そこでルシアンは声を張り上げた。
「皆さん! 落ち着いて下さい! こんなに大騒ぎされては話も出来ません!」
するとルシアンの声に記者たちは一斉に静かになる。
「よろしいです、皆さん。落ち着かれましたね。ではお話致しましょう……」
そしてルシアンは真実を全て語った。
2年前まではベアトリスと恋人同士であったこと。しかし、本格的なオペラ歌手を目指したいからと、手紙だけで一方的に別れを告げられたこと。
それからずっと音信不通だったが、今回昨夜のレセプションで偶然再会したこと。
そして、ベアトリスが一方的に自分の婚約者だと言ってきたこと全てを。
すると次々と記者達が質問を投げかけてきた。
「では、世界の歌姫の婚約者ではないということですか?」
「ええ、当然です。彼女が『デリア』に来ていることを昨夜初めて知ったくらいですから」
「2年前から、本当に一度も連絡をとりあっていなかったのですか?」
別の記者が尋ねてくる。
「勿論です。こちらは彼女が何処にいたのか、知りもしなしなかったのですから。それどころか、こちらは大迷惑です。第一、私にはもう掛け替えのない女性がいます。ですが、相手は一般人なので口にすることは出来ませんが」
その言葉に記者達がざわつく。
「わざわざご足労頂き申し訳ありませんが、私の口からこれ以上皆さんに伝えることはありません。とにかくはっきり申し上げますが、私とベアトリス令嬢はとっくに終わった仲です! もうこれ以上関わるつもりは一切ありません! ですが……歌姫として、今後の活躍を期待しています。……以上です」
ルシアンは笑顔で記者たちを見渡した――
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一方、その頃――
「何ですって!? イレーネ嬢はこちらにいらしていないのですか?」
ブリジットの屋敷のエントランスにリカルドの声が響き渡る。
「ええ、そうよ。生憎イレーネさんは来ていないわ」
「そうですか……」
肩を落とすリカルドに、ブリジットが苛立ち紛れに言い放った。
「それにしても、一体これはどういうことなの!? ルシアン様の婚約者があの歌姫のベアトリスだなんて!」
ブリジットは丸めた新聞紙を手に、憤っている。
「はい、ですがそれはベアトリス様が勝手なことを記者達に話したに決まっています」
オロオロしながら返事をするリカルド。
「ええ、そうでしょうとも。ですが、私は絶対許さないから! ベアトリスも、ルシアン様も! こんな形でイレーネさんを傷つけるなんて、人として最低よ! 帰ったらルシアン様に伝えて頂戴。イレーネさんに誠意を見せない限り、例え彼女から私に連絡が来ても絶対に教えてやらないからって!」
「ブ、ブリジット様……。分かりました。ルシアン様にその様に伝えます。……お邪魔いたしました」
リカルドは一礼すると、ブリジットの屋敷を後にした。
「イレーネさんの馬鹿……一体、何処へ行ってしまったのよ。……私を頼ってくれれば良かったのに」
去っていくリカルドの背中を見つめながら、ブリジットは寂しげに呟いた――