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130話 ルシアンからの褒美

 10時――


イレーネは言われた通り、丈の短めのドレスに着替えてエントランスにやってきた。


「来たか、イレーネ」


すると既にスーツ姿に帽子を被ったルシアンが待っていた。


「まぁ、ルシアン様。もういらしていたのですか? お待たせして申し訳ございません」


「いや、女性を待たせるわけにはいかないからな。気にしないでくれ。それでは行こうか?」


早速、扉を開けて外に出るとイレーネは声を上げた。


「まぁ! これは……」


普段なら馬車が停まっているはずだが、今目の前にあるのは車だった。


「イレーネ、今日は馬車は使わない。車で出かけよう」


「車で行くなんて凄いですね」


「そうだろう? では今扉を開けよう」


ルシアンは助手席の扉を開けるとイレーネに声をかけた。


「おいで。イレーネ」


「はい」


イレーネが助手席に座るのを見届けると、ルシアンは扉を閉めて自分は運転席に座った。


「私、車でお出かけするの初めてですわ」


「あ、ああ。そうだろうな」


これには理由があった。ルシアンは自分の運転に自信が持てるまでは1人で運転しようと決めていたからだ。

しかし、気難しいルシアンはその事実を告げることが出来ない。


「よし、それでは出発しよう」


「はい、ルシアン様」


そしてルシアンはアクセルを踏んだ――



****


「まぁ! 本当に車は早いのですね? 馬車よりもずっと早いですわ。おまけに少しも揺れないし」


車の窓から外を眺めながら、イレーネはすっかり興奮していた。


「揺れないのは当然だ。車のタイヤはゴムで出来ているからな。それに動力はガソリンだから、馬のように疲弊することもない。きっと今に人の交通手段は馬車ではなく、車に移行していくだろう」


「そうですわね……ルシアン様がそのように仰るのであれば、きっとそうなりまね」


得意げに語るルシアンの横顔をイレーネは見つめながら話を聞いている。


その後も2人は車について、色々話をしながらルシアンは町の郊外へ向かった。



****


「ここが目的地ですか?」


やってきた場所は町の郊外だった。周囲はまるで広大な畑の如く芝生が広がり、舗装された道が縦横に走っている。

更に眼前には工場のような大きな建物まであった。


「ルシアン様。とても美しい場所ですが……ここは一体何処ですか?」


「ここは自動車を販売している工場だ。それにここは車の運転を練習するコースまである。実はここで俺も車の運転をしていたんだ」


「まぁ……そうだったのですか? でも、何故私をここへ連れてきてくださったのです?」


未だに状況が分からないイレーネは首を傾げる。


「実は、もうイレーネの為に車を購入してあるんだ。今日は新車のお披露目と、ここで練習をさせようと思って連れてきたのさ」


その言葉にイレーネは目を見開く。


「本当ですか!?」


「ああ。以前、イレーネは車を運転したがったことがあっただろう? 実はあのときからずっと考えていたことなんだ。俺が、その……無事に次期当主になれたら、何か君に褒美をあげたいと思っていたからな」


少し照れくさそうにルシアンは語る。


「そんな、褒美なんて……もう私は数え切れないほど頂きましたけど?」


「いや。それはもともと契約に含まれていたことだからな……それに……」


(イレーネの喜ぶ顔が見たかったから……なんて口には出せないな)


苦笑するルシアン。けれど、イレーネの口からは思いがけない台詞が出てくる。


「本当にありがとうございます、ルシアン様。確かにこの契約が終われば私はマイスター家を出ますからね。女性の一人暮らしには車はとても重宝すると思います」


「あ、ああ。そうかもな」


イレーネの言葉を寂しい気持ちで聞くルシアン。


「では、早速工場長に会いに行こう」


「はい」


こうして、2人はイレーネの車が保管してある工場へ向かった――



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