イレーネが足を怪我したあの日から5日が経過していた。
今日はブリジットたちとオペラ観劇に行く日だった。オペラを初めて観るイレーネは朝から嬉しくて、ずっとソワソワしていた。
「イレーネ、どうしたんだ? 今日はいつにもまして何だか楽しそうにみえるようだが?」
食後のコーヒーをイレーネと飲みながらルシアンが尋ねてきた。
「フフ、分かりますか? 実はブリジット様たちと一緒にオペラを観に行くのです」
イレーネが頬を染めながら答える。
「あ、あぁ。そうか……そう言えば以前にそんなことを話していたな。まさか今日だったとは思わなかった」
ブリジットが苦手なルシアンは詳しくオペラの話を聞いてはいなかったのだ。
「はい。オペラは午後2時から開幕で、その後はブリジット様たちと夕食をご一緒する約束をしているので……それで申し訳ございませんが……」
イレーネは申し訳なさそうにルシアンを見る。
「何だ? それくらいのこと、気にしなくていい。夕食は1人で食べるからイレーネは楽しんでくるといい」
「はい、ありがとうございます。ルシアン様」
イレーネは笑顔でお礼を述べた。
「あ、あぁ。別にお礼を言われるほどのことじゃないさ」
照れくさくなったルシアンは新聞を広げて、自分の顔を見られないように隠すのだった。
ベアトリスの顔写真が掲載された記事に気付くこともなく――
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「それではイレーネさんはブリジット様たちと一緒にオペラに行かれたのですね?」
書斎で仕事をしているルシアンを手伝いながらリカルドが尋ねた。
「そうだ、もっとも俺はオペラなんか興味が無いからな。詳しく話は聞かなかったが」
「……ええ、そうですよね」
しかし、リカルドは知っている。以前のルシアンはオペラが好きだった。
だが2年前の苦い経験から、リカルドはすっかり歌が嫌いになってしまったのだ。
(確かにあんな手紙一本で別れを告げられてしまえば……トラウマになってしまうだろう。お気持ちは分かるものの……少しは興味を持たれてもいいのに)
リカルドは書類に目を通しているルシアンの横顔をそっと見つめる。
そしてその頃……。
イレーネは生まれて初めてのオペラに、瞳を輝かせて食い入るように鑑賞していたのだった――
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――18時半
オペラ鑑賞を終えたイレーネたちは興奮した様子で、ブリジットの馬車に揺られていた。
「とても素敵でした……もう、今でも夢を見ているみたいです。ブリジット様、アメリア様。こんなに素晴らしいオペラに誘って頂き、心より感謝致します!」
イレーネは両手を前に組んで2人にお礼を述べる。
「全く、イレーネさんは大げさね。でも、確かに最高の舞台だったわ。思い出すだけで胸がドキドキするもの」
ブリジットがホウとため息をつく。
「本当にそうよね。いつ、2人の恋が周囲にバレてしまうのではないかと思うと、ハラハラしたわ。どうか、2人を引き離さないでって心の中で祈ってしまったもの」
アメリアもイレーネ同様興奮している。
「あの、実は私……この間、ヒロイン役のベアトリス様とお会いしてお話したんです!」
イレーネの話に2人の令嬢は当然驚く。
「何ですってっ!? それは本当の話なの!?」
「一体どういう状況だったの? 教えてくださらない?」
「ええ、勿論ですわ。あのときは、丁度オペラの団員の方々が『デリア』の駅にとうちゃくした日で……」
イレーネはその時の状況を説明し、真剣な眼差しで話を聞くブリジットとアメリア。
こうしてレストランへ向かう馬車の中で令嬢達の会話は益々弾む。
この数日後……。
イレーネに予期せぬ出来事が起こることになる――