リカルドはとても焦っていた。
(一体、あの状況は何なのだ……)
自分で馬車を走らせ、リカルドはここまでやってきた。するとイレーネが警察官と共に見知らぬ青年と対峙している場面に遭遇したのだ。
(何故イレーネさんは警察官と一緒にいるのだろう? それにあの青年は誰だ? 何やら問い詰められているようにも見える……とにかく、今は隠れていた方が良さそうだ)
そう判断したリカルドは、大木の側に馬車を止めてると急いで身を隠して様子を伺っていたのだ。
「おや? 帰って行くようだ」
少しの間、見ていると青年はそのまま立ち去って行った。そしてイレーネと警察官は何やら話をしている。
その姿は妙に親し気に見えた。
(気さくなタイプの警察官なのかもしれないな……)
そんなことを考えていると、警察官が自分の方を振り向いた。
「……というわけで、そこの方。貴方もいい加減出てきたらどうですか?」
(え!? バレていた…‥!? そ、そんな……!)
しかし、相手は警察官。下手な行動は取れないと判断したリカルドは観念して木の陰から出てきた。
「は、はい……」
「まぁ! リカルド様ではありませんか? どうしてそんなところに隠れていたのですか? どうぞこちらへいらして下さい」
イレーネが笑顔で呼びかける。
「はい、イレーネさん」
おっかなびっくり、リカルドは二人の前にやって来た。一方、驚いているのはケヴィンだった。
「ひょっとして、お二人は知り合い同士なのですか?」
「はい、そうです。こちらの方はリカルド・エイデン様。この家の家主さんです」
イレーネは笑顔でケヴィンに紹介する。そう、イレーネから見ればリカルドはこの家の家主に該当するのだ。
「え? 家主さんだったのですか!?」
ケヴィンはリカルドを見つめる。
「は、はい……そうです……」
(家主? 確かに私はこの家の家主のような者だが……何故、ルシアン様の名前を出さないのだろう? ハッ! そういえば、お二人は世間を騙す為の結婚……つまり、偽装結婚をする関係だ。そして目の前にいるのは警察官。もしかして偽装結婚は犯罪に値するのだろうか? それでイレーネさんはルシアン様の名前を出さなかったのかもしれない!)
心配性のリカルドは目まぐるしく考えを巡らせ、自分の中で結論付けた。
「はい、私はイレーネさんにこの屋敷を貸している(今は)家主のリカルド・エイデンです」
早口で一気に自己紹介する。
「なるほど、そうでしたか。それでイレーネさんの様子が心配になっていらしたのですね?」
ケヴィンが尋ねる。
「ええ。そうですね」
精神的に追い詰められているリカルドは胃痛に耐えながら頷いた。
「そうでしたか。怪しむような真似をしてすみません」
「いえ、どうぞお気になさらないで下さい」
警察官に謝られ、後ろめたいリカルドは必死で作り笑いする。
「それでは家主さんが様子を見にいらしたようですし、僕はこれで失礼しますね。イレーネさん。どうぞお大事にして下さい」
「ええ。足の具合ならもう大丈夫ですわ。ありがとうございます、ケヴィンさん」
(ケヴィン!? い、今この警察官の名前を口にした!?)
親しげな様子にリカルドはギョッとする。
ケヴィンは二人に笑顔でお辞儀すると、近くに止めていた自転車に乗ると走り去って行った。
「リカルド様。今日はどうなされたのですか?」
ケヴィンが去ると、イレーネはリカルドに尋ねてきた。
「はい、ルシアン様にイレーネさんの様子を見てくるように言われて来ました」
「そうでしたか、私のことを心配されていたのですね。……だったら、今日は帰ることにします」
「それでしたら、馬車で一緒に帰りましょう」
するとイレーネが申し訳なさそうに尋ねてきた。
「あの、片付けがあるので30分程お待ちいただけますか?」
「もちろんです。一緒にお手伝いいたしますよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
足を怪我しているイレーネにとってはありがたい提案だった。
早速二人で片づけをすませ、戸締りをするとイレーネは馬車に乗り込んだ。
「では、扉をしめますね」
リカルドが扉をしめようとした時、イレーネが声をかけてきた。
「あの……リカルド様」
「はい、何でしょう?」
「今日のことはルシアン様には内緒にして頂けませんか?」
「え! そ、そうですね」
(今日のこと……もしかしてさっきの警察官とのことだろうか?)
「ありがとうございます、ルシアン様に心配かけたくありませんので」
イレーネが話しているのは自分の足のことだった。けれどリカルドはケヴィンのことを思い出していた。
(お二人は名前で呼び合う親しい関係だった。もしかして、恋仲なのだろうか!? しかし、イレーネさんとルシアン様は結婚する。いや、これは期間限定の契約婚だ。イレーネさんが恋愛することを止める権利は無い。と言う事はやはり……)
ケヴィンとイレーネのことを胸に封印することに決めたリカルド。
「はい、ご安心下さい。本日のことは口が裂けてもルシアン様には報告いたしませんので」
そして彼は笑顔で返事をするのだった――