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122話 出てきて下さい

――16時


「大分、痛みがひいたみたいね」


イレーネは立ち上がると歩いてみた。


「これなら農作業用具を片付けられそうだわ」


エプロンを身に着けている時。


――コンコン


突然部屋にノックの音が響き渡った。


「あら? 誰かしら? もしかしてルシアン様かしら」


イレーネは少しだけ足を引きずりながらへ向かうとドアアイを覗き込み、驚いた。


「え? ケヴィンさん?」


何と訪ねてきたのはケヴィンだったのだ。イレーネは慌てて扉を開けた。


「いきなり訪ねてすみません、イレーネさん」


ケヴィンはイレーネの姿を見ると笑みを浮かべた。


「ケヴィンさん、一体どうなさったのですか? まだ制服姿ということはお仕事中ですよね?」


「ええ、そうなのですが……イレーネさんの怪我が気になってしまって、訪ねてしまいました。大丈夫ですか?」


「ええ。自分で手当をしたので大丈夫ですわ」


イレーネは包帯を巻いた足を少しだけ上に上げてみせた。


「そうでしたか……それなら良かったです。あの、実はコレを届けたかったのです」


ケヴィンは恥ずかしそうに紙袋を差し出してきた。


「あの、これは……?」


躊躇いながら受け取るイレーネ。


「はい、ドライレーズンです。確か、今夜はレーズンパンを作るつもりだと仰っていましたよね?」


「まぁ……それでは、わざわざ買って持ってきて下さったのですか? それではすぐに代金を支払いますね」


イレーネが部屋に取って返そうとした時。


「あ! 待ってください!」


突然呼び止められた。


「どうかしましたか?」


「イレーネさん。お金なんて結構ですよ」


「ですが、それでは私の気持ちが収まりませんわ」


「それでしたら……あの、もしよければ……今度イレーネさんが焼いたパンを僕にも分けていただけたら嬉しいです。僕がパンを好きなのは御存知ですよね?」


「そうですね。それでは今、持ってきますね。レーズンを入れていないパンなら、もう焼いていたんです」


「本当ですか? ありがとうございます」


笑顔になるケヴィンを玄関に残し、イレーネは家の中へ入っていった。



「どうもお待たせいたしました。どうぞ、ケヴィンさん」


紙袋にパンを入れたイレーネがケヴィンの元へ戻って来ると、差し出した。


「うわあ……パンの良い匂いがしますね。それにまだ温かい」


「はい、30分ほど前に焼き上がったところですから」


「ありがとうございます。味わって食べますね。ところでイレーネさん」


不意にケヴィンが真顔になる。


「何でしょう?」


「あの木の陰にいる男性はお知り合いですか?」


ケヴィンが囁くように尋ねてきた。


「え?」


見ると、確かに柵の向こう側の木の陰からこちらをじっと見つめている男性の姿があある。


「あの方は……? 何処かで見たことがある方だわ」


「本当ですか? お知り合いですか?」


「いえ、そういう感じでもないですけど……」


確かに何処かで見た顔ではあるが、イレーネにはどうしても思い出せなかった。


「怪しい人物ですね。職務質問をしてみます」


「まぁ、職務質問ですか?」


ケヴィンは踵を返すと、大股で男性の元へ向かった。その後ろを好奇心旺盛なイレーネもついていく。

警察官姿のケヴィンに青年は焦った表情を浮かべるも、逃げ出すことはしなかった。


「失礼ですが、こちらで何をしていたのですか?」


ケヴィンが青年に尋ねる。


「い、いえ。実は以前この家に知り合いが住んでいたので、久しぶりに訪ねてみたのですが……」


そして青年はチラリとイレーネを見る。


(あら? この人はもしかして……でも違うかもしれないし……)


イレーネは自分の考えを押し留めることにした。


「訪ねてみたら? どうなのです?」


「ええ……そうしたら……違う方が住んでいたようなので……」


青年は困ったように目を伏せる。


「それはいつ頃の話ですか?」


「……約2年ほど前……です」


「2年ほど前……」


青年の言葉にケヴィンは考え込む。


「そう言えば確かに2年前までは誰か住んでいましたが、その後は空き家になっていましたね。なるほど……嘘はついていないようですね」


「当然じゃないですか。俺は善良な市民ですから! でも住んでいた人はどうやら別人だったようなので、帰ります」


するとイレーネが青年に謝罪した。


「お知り合いの方でなくて、申し訳ございません」


「え!?」


「何故謝るのですか!?」


青年とケヴィンが驚いた様子でイレーネを見る。


「え? それは……何となくでしょうか?」


首を傾げるイレーネにケヴィンは笑う。


「アハハハ……あなたらしいですね」


すると青年がケヴィンに声をかけてきた。


「あの……話が終わったならもう帰ってよいでしょうか? ホテルで知り合いが待っていますので」


「そうですね。いいですよ」


ケヴィンが返事をすると、青年は「失礼します」 と言って帰っていった。


「あの方、歩いてここまで来たのでしょうか?」


去っていく青年の後ろ姿を見つめながらイレーネがケヴィンに尋ねる。


「どうでしょう……でも、この先には大通りがありますからね。流しの馬車でも捕まえるのではありませんか? バスも走っていますしね。……というわけで、そこの方。貴方もいい加減出てきたらどうですか?」


ケヴィンは、反対側の木を見つめて声をかけた。良く見ると近くには馬車が止めてある。


「あら? あの馬車は……」


イレーネが首をかしげたとき。


「は、はい……」


怯えた様子で木の陰からリカルドが姿を現した――



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