目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
116話 嵐の後で

――22時半


 あれほど酷かった嵐はいつの間にか止み、落ち着きを取り戻したイレーネはダイニングテーブルにルシアンと向かい合わせで座っていた。


「本当に、お恥ずかしい姿をお見せしてしまって申し訳ございませんでした」


恥ずかしさで顔を赤くしながらイレーネが謝罪する。


「別に恥ずかしいと思う必要は無いだろう? 人は誰しも苦手なものがあるだろうし」


イレーネが淹れてくれた紅茶を飲むルシアン。


(それに……新鮮な姿も見ることが出来たしな。まさかイレーネにもあんな一面があるとは思わなかった)


「ルシアン様も苦手なものってありますか?」


「え? お、俺か? そうだな……」


生真面目なルシアンはイレーネの質問に真剣に考える。


「……ある、な」


「本当ですか? それは何ですか?」


「祖父だ。どうにも子供の頃から祖父には頭が上がらない。だから正直、イレーネには感心している。まさかあの気難しい祖父を手懐けるのだから」


「手懐けるなんて大げさですわ。単に仲良しになっただけですから。それにやはり、ルシアン様のお祖父様なだけありますね。お二人は良く似てらっしゃいます」


「え? 冗談だろう? 俺と祖父が似ているなんて」


ルシアンは大げさに肩をすくめた。


「冗談ではありません、本当に似てらっしゃいます。私をとても心配してくれるところとか」


「そ、そうか……?」


今のイレーネの言葉にルシアンの顔が赤くなる。


「……でも、駄目ですね。私って」


不意にイレーネが自分の紅茶に目を落とし、しんみりとした口調で語る。


「何が駄目なんだ?」


「私、祖父が亡くなってからはずっと一人でした。誰にも頼らずに、強く生きてきたつもりだったのに。まさか自分がこんなに弱かったとは思いもしませんでした」


「……」


イレーネの言葉に、ルシアンは何と応えればよいか分からず無言で話を聞く。


「それが、ルシアン様と出会って……誰かがそばにいることが普通に感じてしまっていたみたいです。誰かに頼ることが当然のように……でもこれでは駄目なのに」


その顔はとても寂しげで、ルシアンの胸がズキリとする。


「イレーネ……」


別にそれでいいじゃないかと言おうとした矢先、イレーネが先に口を開いた。


「もっと、しっかりしないといけませんね。来年の今頃にはルシアン様とはお別れして、もとの一人暮らしの生活に戻るのですから」


「!」


その言葉に、ルシアンの肩がビクリと跳ねる。


(何故だ……どうして今の彼女の言葉でこんなに心が痛むのだ……)


「ところでルシアン様。この様な嵐の中、どうやってここまでいらしたのですか?」


次の瞬間、イレーネは吹っ切れたかのように笑顔で尋ねてきた。


「あ……そのことか。そうだな……この際だ。イレーネに見せてやろう」


立ち上がるルシアン。


「見せる……?」


「そうだ、一緒に外に行こう」


ルシアンはイレーネを手招きした。



「まぁ! これは……」


家の外に出てきたイレーネは驚いた。そこには、まだ物珍しい車が停まっていたからだ。


「ルシアン様……まさか、車をお持ちだったのですか?」


「ああ、半年ほど前から車の練習をしていて、つい最近購入したんだ。嵐の夜に運転したことなど無かったから、かなり緊張したよ。事故を起こさなくて本当に良かった」


本来のルシアンならその様な危険な真似は犯すはずも無い。


(まさか、イレーネが心配でこんな無茶をするとは自分でも思わなかった)


ルシアンは思わず苦笑した。


「ルシアン様……」


イレーネはじっとルシアンを見つめる。


(何だ? まさか今の俺の言葉に感動している……?)


「私も……この車を運転することが出来るでしょうか!?」


「な、何だって〜!?」


予想もしていなかった言葉に、ルシアンの驚く声が夜空に響き渡るのだった――



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?