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115話 嵐の晩に

――19時


「風と雨が強くなってきたな……」


窓の外を見つめながらルシアンがポツリと呟く。


「そうですね。思った以上に嵐が来るのが早かったようですね」


ルシアンの仕事が多忙なため、書斎で簡単に取れる食事を並べながらリカルドが返事をする。


「イレーネは……大丈夫だろうか」


その言葉にリカルドが首を傾げる。


「またイレーネさんのことを気にかけていらっしゃるのですか? 確かに私も心配はしておりますが、あの方は肝も据わっているし度胸もありますから大丈夫だとは思いますけど」


「……そうだろうか」


けれどルシアンには引っかかることがあった。実は2人で『ヴァルト』に行った際、汽車の中でイレーネが語った言葉だった。


『私の祖父は、嵐の晩に病状が悪化して亡くなってしまったのです。嵐のせいでお医者様を呼ぶことが出来ませんでした。今も後悔しています』


(そうだ……嵐の夜というのは、イレーネにとってトラウマになっているはず……!)


ガタンッ!


突然ルシアンは席を立った。


「ルシアン様? どうされたのですか?」


驚くリカルドにルシアンは上着を羽織りながら答える。


「食事はいい! すぐに出かける!」


「えぇ!? で、出かけるってどちらへですか!?」


「イレーネのところに決まっているだろう!? 彼女が心配だ!」


「何を仰っているのです!? この天候で馬車を出せるはずありません! もし何かあったらどうするのですか!? それにイレーネさんなら、あの家にいる限り安心ですよ! この程度の嵐ではびくともしない家なのですよ?」


ルシアンの身を案じるリカルドは必死で止める。


「家にいるからって安心だということは無いだろう!? それに馬車を使わなくても移動手段なら他にあるのさ」


ルシアンはニヤリと口元に笑みを浮かべると、部屋を飛び出して行った――




****



――20時


その頃イレーネはソファの上に座り、ブランケットを被って震えていた。

嵐は益々酷くなり、木戸にバシャバシャと雨が当たる音が部屋の中にも響き渡っている。


その矢先。


ガラガラガラ……ッ! ドーンッ!!


「きゃああ!!」


物凄い雷の音が鳴り響き、イレーネは身体を縮こませた。


(怖い……! 嵐の晩に、お祖父様は……!)


イレーネの脳裏に祖父が亡くなったときの光景が蘇る。雨風が激しく吹付け、修繕の行き届かない屋敷の中に隙間風が入り込んでいた。ゴウゴウと不気味な音が部屋に響きわたり、ところどころ雨漏りのせいで室内は冷え切っていた。


雷の激しい音はで祖父の苦しげな呼吸はかき消され……何も出来ないイレーネは涙を流しながらその手を握りしめることしか出来なかった。


そして冷たくなっていく祖父の手……。


その記憶がイレーネのつらい記憶を呼び起こす。


「お祖父様……ごめんなさい……ごめんさない……怖い……早く収まって……」



ドンドンッ!!


扉が激しく叩かれている音が響いているが、轟音でかき消されている。


ドーンッ!!


その刹那、落雷の激しい音が鳴り響いた。


「きゃああ!!」


思わずイレーネが叫んだ時――


「イレーネッ!! 大丈夫だったか!?」


突然真上からルシアンの声が降ってきた。


「え……?」


恐る恐るイレーネは毛布から顔を出すと、そこには髪の毛から水を滴らせているルシアンの姿があった。


「イレーネ……大丈夫か?」


ルシアンは濡れたコートを脱ぎながら尋ねる。


「ル、ルシアン……様……?」


イレーネは震えながら尋ねる。


「ああ、俺だ」


そしてルシアンはイレーネの座るソファの前に跪いた。


すると、途端にイレーネの青い目に涙が浮かんでくる。


「ど、どうしたんだ?」


見慣れないその姿にルシアンが驚いた直後。


「こ……怖かった……!」


イレーネはルシアンに飛びつき、胸に顔を埋めて嗚咽した。


「イ……イレーネ……」


ルシアンは戸惑いながらも……イレーネの小さな身体をしっかりと抱きしめた。


イレーネが泣き止むまで、ずっと――

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