目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
114話 お茶会、その後


 正午にお茶会はお開きになった。2人の令嬢はイレーネ特製のアップルパイを手土産に持たされ、満足気に帰って行った。


「フフフ……とても楽しかったわ。やっぱり女性同士のお話っていいわね」


片付けをしながらイレーネは笑みを浮かべる。

『コルト』に住んでいた頃のイレーネは祖父が身体を壊してからは、ずっと働き詰めだった。

こんな風に令嬢たちと優雅にお茶会をすることなど無かったのだ。


「こういう時間が持てるのも、全てルシアン様のお陰ね。本当に感謝しかないわ」


そしてふと写真の女性が気になり、イレーネはチェストに近付くと写真立てを手に取った。

そこには美しく着飾り、ポーズを取ったベアトリスの姿が映り込んでいる。


「まさかこの女性が有名なオペラ歌手だったなんて……きっとルシアン様はこのオペラ歌手の大ファンなのでしょうね」


ウンウンと納得するように頷くイレーネ。

呑気なイレーネは、ベアトリスとルシアンの関係を結びつける考えには至らない。


「さて、昼食を食べ終えたら畑仕事しなくちゃ」


イレーネはベアトリスの写真をチェストの上に戻すと、昼食の準備をするために台所へ向かった。




****



――14時


 今日のルシアンは書斎にこもり、たまっていた事務仕事におわれていた。


「ふぅ……何だって、こんなに書類が多いんだ? やってもやってもキリが無い」


ため息をつくルシアンにリカルドが話しかける。


「執事の私ですら仕事のお手伝いをしているのですから、ボヤかないで下さい。だから以前から申し上げていたのです。どうぞ、秘書をお雇い下さいと。当主になられましたら、もっと仕事が増えるでしょう」


「確かにそうだな……」


「ええ。何しろイレーネさんのお陰で、次期当主はルシアン様に確定ですから。後はイレーネさんをお披露目し、ご自身の地位を確立するだけですしね」


そのとき。


ガタガタッ!


窓が激しく風で揺れた。


「何だ? 今日は随分風が強いな」


ルシアンは窓の外に目を向け、眉を潜める。


「そう言えば今朝の新聞に書いてありましたが、どうやら今夜嵐が来るかもしれないそうですよ?」


「嵐だって?」


リカルドの言葉に、ますますルシアンの顔が険しくなる。


「ええ、そうですが……それが何か?」


「いや、イレーネが心配で……」


「イレーネさんなら大丈夫ではありませんか? あの家は作りは古いですが、頑丈ですし、窓には木製の扉まで付いているではありませんか? 何しろ、あのイレーネさんですからね」


ルシアンは黙ってその言葉を聞いている。


「どうされましたか? ルシアン様」


「別に何でも無い。それより早く仕事を片付けよう」


「ええ。そうですね」


そしてルシアンは再び書類に目を通した。




****


――同時刻


「風が強くなってきたわね……」


麦わら帽子を被ったイレーネは、青空の下で畑仕事をしていた。


その時――


ゴッ!


強風でイレーネの麦わら帽子が飛ばされる。


「キャアッ!」


イレーネは悲鳴を上げ、思わず頭を手で抑えて俯いた。


「おっと!」


突然声が聞こえ、イレーネが驚いて顔を上げた。すると、右腕を高く上げて麦わら帽子を掴んでいる警察官の姿があった。背後には馬の姿もある。


その人物は……。


「え? ケヴィン……さん?」


「はい、イレーネさん。帽子をどうぞ」


柵の向こう側から帽子を手にしたケヴィンが声をかける。


「ありがとうございます」


ケヴィンに近付き、帽子を受け取るとイレーネは礼を述べた。


「今日も畑仕事をしていたのですか?」


「ええ、そうですけど……」


イレーネはケヴィンの姿を見る。


「今日はお仕事ですか?」


「ええ、そうです。今夜は嵐が近付くそうなので、地域住民の人たちに注意喚起で回っていたんですよ。本当は管轄外なのですけど、僕はこの地区の住人なのでね」


笑顔で答えるケヴィン。


「そうだったのですか。ご苦労さまです」


「人々の安全を守るのが警察官の役目ですから。イレーネさん。今夜は天候が荒れるかもしれないので、戸締まりはしっかりしてくださいね?」


ケヴィンは念を押す。


「はい、分かりました」


「では、失礼しますね」


ケヴィンは被っていた帽子を外して、挨拶すると再び馬に乗って去って行った。


「今夜は嵐になるかもしれないのね……」


イレーネはポツリと呟き、両手を胸の前でギュッと握りしめた――



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?