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112話 叱責そして笑顔

――20時


家の扉の前に立つルシアンがイレーネに言い聞かせていた。


「イレーネ、俺がこの家を出たら鍵をかけて戸締まりをしっかりするんだぞ? それにもし、誰か尋ねてきたら……」


「はい、分かっています。迂闊に扉は開けない。必ずドアアイで相手を確認してから開けるのですよね?」


「そうだ、分かればいい」


真剣な顔で頷くルシアンを見てクスクス笑うイレーネ。


「何だ? 何故笑う?」


「だ、だって……何だかまるで、小さな子供に言い聞かせるような口ぶりに聞こえてしまって。ですがご安心下さい。こう見えても私は祖父を亡くしてからはずっと1人で暮らしていたのですよ?」


「そ、それは確かにそうなのだが……何しろ、君に何かあっては困るからな。何しろ君は……」


「はい、私はルシアン様を当主にするために雇われた身ですから。ちゃんと自分の立場は理解しておりますので、ご安心下さい」


「あ、あぁ。そうだな。分かっているならいい」


あくまで契約関係を全面に出してくるイレーネにルシアンは何処か寂しさを感じる。


「それでは、この家が自分の住みやすいように改善されたら、戻ってくるように。……使用人たちが皆、イレーネが戻ってくることを待ち望んでいるから」


2人の関係を契約に基づく関係だと割り切っているイレーネ。だからルシアンは自分も屋敷に戻ってくるのを待っているとは、言い出せなかった。


「はい、1週間以内には戻る予定です」


「何!? 後1週間!?」


まさかの言葉に驚くルシアン。


「え? ルシアン様?」


首を傾げるイレーネにルシアンは焦る。


(まずい! これでは1週間も帰ってこないのかと言っているようなものだ!)


そこで慌てて言い直した。


「い、いや。後、1週間でいいのか?」


「はい、大丈夫です。それだけ日数があれば十分ですから」


にっこり笑ってイレーネは返事をする。


「なる程な。では遅くとも1週間以内には戻る……ということでいいんだな?」


「はい、そうですね」


「それでは俺は家に帰るから」


「お気をつけてお帰り下さい」



そしてルシアンはイレーネに見送られ、辻馬車乗り場へと向かった――




****



――22時。


「どういうことだ! リカルド!」


ルシアンの怒声が書斎に響き渡る。


「ど、どういうこと? 一体何のことですか? 私には何のことかさっぱり分かりませんが」


書斎に呼び出されたリカルドはいきなり、ルシアンに怒鳴られて目を白黒させた。


「ほーう。さてはとぼける気なのか? いい度胸をしているじゃないか。お前は俺が何故帰宅が遅かったのか知らないのか?」


「え? お仕事では無かったのですか?」


「確かに仕事はしてきたが……それだけじゃない。イレーネの所へ寄ってきたんだ」


「そうだったのですか? イレーネさんのところ……へ……?」


その言葉を聞いたリカルドの顔がみるみる内に青ざめていく。


「ほーう。ようやく気づいたようだな? リカルド」


ルシアンは腕組みする。


「ま、まさか……ご覧に、なったのですか? 例のモノを……」


「ああ。見たさ。何しろダイニングテーブルの上に飾ってあったのだからな」


「な、何ですって!! ダイニングテーブルの上にですか!? チェストの上ではなく!?」


「そうだ。ダイニングテーブルの上に飾ってあった。1人で食事するのは味気ないからと言って……」


(そうだ、イレーネは……俺と一緒に食事をするのが日常となっていってたんだ……)


そのことを思い出すと、悪い気はしない。そして自然と口元に笑みが浮かぶ。

一方のリカルドはルシアンの態度が不気味でならなかった。


(たった今まで激怒されていたのに、何故急に笑顔になっているのだろう……? 恐ろし過ぎる……!)


「とにかく! リカルド!」


「は、はい!」


「今のところ、イレーネは一切あの写真が何なのか気に留める様子は無かった。それどころか、むしろ気に入っているようにも見えた」


「え!?」


「だから、あの写真を取り上げるのはやめにすることにした。後1周間もすればイレーネは屋敷に戻るそうだから……とりあえず、あのままにしておく。むしろ、写真に敏感に反応すれば逆に怪しまれることになりかねないからな」


「え? そうなのですか!? 確かに怪しまれそうではありますが……」


(まさかルシアン様からその様な台詞が飛び出してくるとは……これはイレーネさんの為を思って言っているのか、それともあの方の写真を処分するのが嫌なのだろうか? ひょっとして……まだあの方に未練があるのでは……? 何だか嫌な予感がする……)


「……おい、リカルド。聞いているのか?」


不意にルシアンに声をかけられ、リカルドは我に返った。


「あ、申し訳ございません。もう一度お願いいたします」


「何だ? 聞いていなかったのか……? 実は本日、取引先の商事会社の社長主催の記念式典に招待されたのだ。式典は3か月後で、婚約者も是非連れて参加して欲しいと頼まれたからイレーネを連れて行く。そこで、正式にイレーネを皆に紹介することに決めた。色々な著名人が集まる式典らしいからな。彼女を皆にお披露目するにはよい機会だろう」


「なるほど、確かにイレーネさんを紹介する絶好のチャンスですね」


「今から色々準備しなくてはならないな。イレーネには、この屋敷に戻ってから説明するつもりだ」


「承知いたしました」


いつの間にかルシアンの怒りが消えていることに安堵しながら、リカルドは返事を

するのだった――

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