「こ、こ、これは……」
ルシアンはゴクリと息を呑み、写真を見つめる。
(ま、間違いない……! これは、あの時撮った写真だ……! まだ残っていたのか……? いや! それ以前に何故ここに飾ってあるんだ!? リカルドが写真を飾るはずがない。イレーネが飾ったことに間違いはない。だが、何のためにここに? もしかして何か気づいているのだろうか!?)
頭の中は完全にパニックだった。
そのとき。
「ルシアン様、お待たせいたしました」
トレーに食事を運んできたイレーネが背後から声をかけてきた。
「うわぁぁぁぁああっ!!」
リカルド同様、悲鳴をあげるルシアン。
「キャッ! ど、どうされたのですか? ルシアン様」
目を見開いたイレーネが驚きの表情を浮かべている。
「あ、あ……写真が……」
そこまで言いかけて慌てて口を抑えるルシアン。
(しまった!! つい、口が滑ってしまった!)
「写真?」
イレーネは小首を傾げ、テーブルの上の写真に気付く。
「あぁ、この写真ですね? フフフ。まずは席に着きませんか?」
「そ、そうだな……」
(何だ? 今の含み笑いは)
背筋をざわつかせながら緊張の面持ちでルシアンは席に座る。するとイレーネはルシアンの前に湯気の立つシチューとテーブルパンを置いた。
そして自分も着席すると、ルシアンに笑顔で話しかける。
「お待たせいたしました。子羊のシチューにテーブルパンです。このパンも私が生地から作って焼いたのですよ? あ、よろしければチーズもどうぞ」
イレーネはチーズの乗った皿も勧める。
「お、美味しそうだな……」
緊張しながら返事をするルシアン。
「ええ、少し料理の腕には自信がありますの。でもルシアン様のお口に合えば良いのですが……では頂きませんか?」
「え!?」
イレーネの言葉に驚くルシアン。
(まだ写真の話を聞いていないのにか!?)
「どうかしましたか?」
「い、いや。頂くよ。これは美味しそうだな……」
震える手でスプーンを持ち、さっそくルシアンはシチューを口に運んだ。
「……美味しい」
「本当ですか?」
「あぁ、すごく美味しい。肉も野菜も柔らかいし、シチューの甘みも最高だ。それに……このパンも美味し……」
そこまで言いかけ、はたと気づいた。
(俺は何をやっているんだ!? まずはこの写真のことを尋ねるべきなのに!)
「ところでイレーネ」
「何でしょうか? ルシアン様」
食事の手を止めるイレーネ。
「こ、この……写真だが……い、一体どうしたのだ?」
「そう言えば、リカルド様も同じようなことを尋ねてらっしゃいましたね」
「何だって!? リカルドが!?」
(俺はそんな報告は聞いていないぞ!!)
「はい、そうです」
「それで、あいつは何と言っていた?」
「この写真はなんでしょう? と尋ねられました」
「そ、そうか……それで、何と答えたのだ?」
(あのバカめ!! 帰ったらタダではすまんぞ!!)
心のなかで口汚くリカルドを罵るルシアン。
「はい、とても綺麗な女性だと思いませんか? と答えました。この写真は食器棚の奥に立てかけられていたのです」
「……そうか。だ、だが……何故、食卓テーブルに飾ってあるのだ?」
「はい、最初は別の場所に飾っていたのですけど……」
「何故飾ったんだ?」
イレーネの言葉が終わらない内にルシアンは尋ねた。
「こんなに素敵な写真は見えるところに飾ったほうが良いと思ったからです。隠しておくなんて勿体ないと思いませんか?」
「……」
何と応えればよいか分からず、黙るルシアン。
「そして、テーブルの上に置いたのも理由があります。祖父を亡くしてからは今までずっと1人で食事をとっておりましたが。ですがルシアン様と出会ってからは、殆お食事をご一緒するようになって1人の食事が味気なく感じたのです」
「?」
未だに訳が分からないルシアン。
「そこで、この写真ですわ!」
「ええ!? ここで写真が出てくるのか!?」
「はい、こうやって、自分の前にこの写真を立てれば、誰かと一緒に食事をしているような気分になれるのです」
「そ、そういうものなのか……?」
「はい、だから飾っているのです」
そこまで言うと、再び食事を再開するイレーネ。
(イレーネが写真を飾った理由は分かったが……駄目だ、理解できない……)
混乱するルシアン。
だが、少なくとも自分と一緒に食事することを当たり前のようにイレーネが感じていたことが密かに嬉しく思うのだった――