その日の朝食の席――
「え? リカルド様が本日、私の付き添いをするとおっしゃっているのですか?」
フォークを手にしたイレーネが目を見開く。
「ああ、そうだ。何しろ数日は屋敷に泊まり込むつもりなのだろう? さぞかし、持ち込む荷物も多いのではないか? 本当は俺がついていってやりたいのだが、どうしても本日は大事な仕事があって付き添えないんだ」
そしてルシアンは給仕を努めているリカルドをチラリと見る。
「はい、そこで私が是非イレーネ様のお手伝いをしたくて名乗りを上げた次第であります。荷物運びから掃除まで、何でも手伝わせて下さい。どうぞ、ボイルエッグでございます」
リカルドはイレーネの前にボイルエッグの乗った皿を置く。
「ありがとうございます。ですが、お気持ちだけ頂いておきます。だってリカルド様はお忙しい方でいらっしゃいますよね? 私のことでご迷惑をおかけするわけには……」
「「迷惑のはず無いだろう(無いです)!!」」
ルシアンとリカルドの声が同時に上がる。
「まぁ、本当にお二人は息ぴったりですのね」」
妙なことに感心するイレーネ。
「とにかくイレーネはいらぬ心配をする必要はない。自分の執事だと思って、好きなようにリカルドを使ってくれ」
「ええ。今日は私のことを1日どうぞ下僕としてお使い下さい、イレーネさん」
「え、ええ……そこまで仰るのでしたら、お願い致しますわ」
2人の剣幕に押され、イレーネは頷いた――
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――午前10時
イレーネの出発する時間がやってきた。
「イレーネ様、本当にメイドは必要ないのですか?」
馬車の前まで迎えに出てきたメイド長が尋ねてくる。
「ええ、大丈夫です。私、こう見えて掃除も得意なのです。ルシアン様が私の別宅ということで用意してくださった家なので、自分で全て整えたいのです」
ニコニコしながら答えるイレーネ。
一方のリカルドは気が気ではない。イレーネがうっかり屋敷を契約婚のプレゼントだと話してしまわないかと思うと居ても立っても居られない。
「そ、それよりも早く出発いたしましょう。遅くなりますよ」
しびれを切らしたルシアンはイレーネに声をかける。
「あ、そうでしたわね。では行くことにします」
リカルドの手を借りてイレーネが馬車に乗り込むとメイド長が手招きする。
「何でしょうか?」
メイド長の近くによると、リカルドは耳打ちされた。
「いいですか? リカルド様。イレーネ様はルシアン様の婚約者だから絶対に手を出してはいけませんよ?」
「はぁ!? そんな訳、あるはず無いではありませんか!」
大きな声を上げるリカルド。
(イレーネ様よりも先にあの方の品が残されていないか探し出せなんて無茶苦茶な命令をされているのに、そんなこと考えつくはずもない!)
「そうですか? それなら安心致しました。屋敷のことは気になさらず、イレーネ様をよろしくお願いしますよ?」
肩をポンポン叩かれるリカルド。
「は、はい……」
引きつった笑みを浮かべながら返事をすると、リカルドも馬車に乗り込んだ。
「行ってらっしゃいませ〜!」
メイド長に見送られ、イレーネとリカルドを乗せた馬車は例の空き家へと向かって走り出した。
――一方、その頃。
馬車に乗り、取引先の元へルシアンは向かっていた。
(頼んだぞ、リカルド。イレーネより、先に彼女が残したものが無いか、見つけ出してくれ)
多大なる期待を寄せるルシアン。
しかし、その期待は脆くも打ち砕かれるのだった――