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87話 主と執事

 ――コンコン


 ルシアンが書類に目を通していると、書斎の扉がノックされた。


「入ってくれ」


声をかけると、紅茶を用意したリカルドが扉を開けて入ってきた。


「ルシアン様、紅茶をお持ちいたしました」


「ありがとう」


リカルドが紅茶を机に置くと、すぐにルシアンは手を伸ばして口をつけ……。


「何だ?」


じっとその場で待機して自分を見つめるリカルドに声をかけた。


「ルシアン様、何があったのか当然お話してくださるのですよね?」


リカルドの目には強い意志が宿っている。


「当然て……」


「ええ、当然のことです。契約婚のことを思いつき、尚且つイレーネさんを見つけ出したのは、この私なのですよ? 当然何があったのか知る権利があります」


「分かったよ……」


ルシアンは『ヴァルト』の城で何があったのか、説明を始めた――



**


「な、何ですって! それではイレーネさんは身代わりとなって、ルシアン様以上に気難しい当主様の元へ残ったのですか!?」


書斎にリカルドの大きな声が響き渡る。


「人聞きの悪い事を言うな! 誰が身代わりだ? 大体気難しいとはどういうことだ。この俺が気難しいとでも言うのか?」


「ええ、そうです。ルシアン様のことですよ。御自分でそのことに気付かれていないのですか?」


「全くお前というやつは……本当に遠慮というものを知らないな」


ジロリとリカルドを睨みつけるルシアン。

子供の頃から互いのことを良く知るリカルドは遠慮がない。何しろ2人は幼馴染同士なのだから。


「はぁ……そうですか……でも半月もイレーネさんがこの屋敷を不在にするなんて……」


「何だ? その態度は。もしかしてイレーネがいないと何かあるのか?」


残念そうにため息をつくリカルドの姿に、ルシアンはムッとしながら尋ねた。


(ひょっとしてリカルドはイレーネに特別な感情を寄せているのか?)


「ええ。大ありですよ。イレーネさんがいないと、寂しいじゃありませんか」


「寂しい……だって?」


ルシアンはイレーネがこの屋敷に来てからのことを思い出してみる。


(確かにイレーネがここへ来てからは何かと色々あったな……)


「はぁ……毎日が刺激に満ちていたのに、またありきたりな日常が戻ってきてしまうのですね……」


心底残念そうなリカルド。


「リカルド……今からそんなことを言っていたらどうするのだ? 1年という契約期間が終了すれば、イレーネはここを去っていくのだぞ? その後はどうするつもりなんだ。今から慣れておかなくてどうするんだ? 全く……」


ため息をつくとルシアンは再び紅茶を口にし……リカルドの視線を感じて顔を上にあげた。

すると恨めしそうな目でルシアンを見下ろしている。


「な、何だ? その目は……」


「いいえ、別に何でもありません。ところでルシアン様、本日の昼食は何時にとられますか?」


「そうだな。13時で頼む」


そして再びルシアンは書類に目を通し始めた。


「かしこまりました。それでは失礼致します」


そしてさり際に小声でボソリと言う。


「果たして1年後もそんなことを言っていられるのでしょうかね……」


「は!? お、お前……い、今何て言った!?」


ルシアンは驚いて顔を上げた。


「いいえ、何も申しておりませんが? それでは昼食はこちらに運ばせていただますね。それでは失礼いたします」


ニコリと笑みを浮かべると、リカルドは書斎を出ていった。



――パタン


扉が閉じられると、ルシアンは両手を組んだ。


「全く……リカルドめ……本当に主に対して遠慮が無い奴だ……」


そしてルシアンはため息をつくのだった――





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