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73話 買い物の後で

「そういえば買い物に気を取られていてお昼のことを忘れていたな。もう14時を回っている」


ルシアンは腕時計を見た。


「まぁ、14時を過ぎていたのですね? 買い物が楽しくて、すっかり時間を忘れていましたわ」


「そうか? そんなに楽しかったのか?」


イレーネの言葉にまんざらでもなさそうにルシアンが頷く。


「はい、『コルト』に住んでいた頃は洋品店の窓から店内を覗くだけでしたから。実際に買い物をすることなど滅多にありませんでしたので」


「あ、ああ……何だ。そっちのほうか……」


落胆した声でボソリとつぶやくルシアン。


「え? 今何かおっしゃいましたか?」


「いや、何でも無い。それでは少し遅くなってしまったが、何処かで食事でもしていかないか? この通りには様々な店が立ち並んでいるからな」


「はい、そうですね」


そこで2人は馬車から降りると、通りを歩いてみることにした――


**


「ルシアン様、このお店はいかがですか? なかなかの盛況ぶりですよ?」


イレーネが駅前の噴水広場の正面にある店の前で足を止めた。


「……あ。この店は……」


ルシアンは店をじっと見つめる。


「どうかしましたか? このお店のこと御存知なのですか?」


「ああ……知っている。ここは開業してまだ5年目程の料理屋なのだが、元王宮料理人が開いた店で貴族達の間で人気の店なんだ」


「まぁ。そんなに有名なお店だったのですか」


「そうだ。……以前は俺も良くこの店に通っていたのだが……」


そこでルシアンは言葉を切る。


「どうかされましたか? ルシアン様」


「い、いや。何でも無い」


首を振るルシアン。


(そうだ、あれからもう4年も経過しているんだ。……多分大丈夫だろう)


ルシアンは頭の中を整理すると、再びイレーネに声をかけた。


「それでは……この店にしてみるか?」


「はい、そうしましょう」


笑顔で答えるイレーネ。

そこで店の中へ入ると、すぐに笑顔のウェイターが現れて2人を窓際のボックス席へ案内をした。



「イレーネ、どれでも遠慮せずに好きな料理を頼むといい」


メニューをじっと見つめているイレーネにルシアンは声をかけた。


「ありがとうございます。まあ……どれも美味しそう」


(随分楽しそうだな……)


楽しそうにメニューを選んでいるイレーネを見ていると、ルシアンはまるでこれが本当のデートのように思えてきた。


「う〜ん……これだけ沢山のお料理があると迷ってしまいますね」


「だとしたらレディースセットにしてみるか?」


「そうですね。それが良さそうです」


「よし、では……そこの君。注文を頼む」


ルシアンは近くに待機しているウェイターに声をかけた。


「はい、お客様」


ウェイターは近くに来ると笑顔で返事をする。


「本日のお薦めと、レディースセットを頼む」


「かしこまりました。……ところでもしや……お客様、マイスター伯爵様でいらっしゃいませんか?」


「そうだが……?」


「やはり、そうだったのですね? 何処かでお見受けしたお顔だと思っておりましがが……それではこちらの女性はベアトリス様ですね?」


「!」


その言葉に、ルシアンは血の気が引く。しかし、一方のイレーネは気にする素振りもなく首を振る。


「いいえ、私はイレーネと申します」


「あ! こ、これは大変失礼いたしました。で、では少々お待ちください!」


ウェイターは慌てた様子で頭を下げると、逃げるようにその場を去っていった。


気まずい思いをしたルシアンと、呑気なイレーネをその場に残し――







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