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64話 気の強い令嬢

「おとなしく待っていてくれと言われたのだから、ルシアン様が戻られるまでは何処にも出かけずにいたほうが良いわね」


ルシアンたちが出かけると、イレーネは少しの間思案した。


「そうだわ、生地を沢山買ってきたのだから洋裁でもしましょう」


そこでイレーネは鼻歌を歌いながら買ってきた生地をテーブルの上に広げて洋裁の準備を始めた。


「どの色の生地で作ろうかしら……」


イレーネは、うっとりしながら生地を見つめて笑みを浮かべる。


ある人物が屋敷に近づいてきていることも知らずに――



****


――その頃。


マイスター家の扉の前にはある人物が立っていた。


「今日こそ、ルシアン様に会わせてもらうんだから! その為に今まで家で必死になってレッスンを受けてきたのですもの!」


意気込んでマイスター伯爵家を訪れたのは、ブリジットであった。

以前にリカルドに言い含められるように帰らされてから、彼女は家庭教師からの厳しいレッスンをサボることなく受けてきた。

そしてようやく堂々と外出する権利を両親から得られることができたのだ。


「ブリジット様、それでは私はこちらでお待ちしておりますので」


ブリジットの御者兼、付き人をしている青年がエントランスに立つ彼女に声をかける。


「いいわよ。ジョージ。あなたは帰りなさい。だって何時にこのお屋敷を出るか分からないじゃない」


「え!? ですがそうなりますと、お帰りはどうなさるのですか?」


「タクシーに乗って帰るわ」


腕組みするブリジット。

最近貴族令嬢の間では目新しいタクシーに乗るのが流行になっていた。


「タクシーですか……?」


ジョージと呼ばれた男性は首をひねる。


「ええ、そうよ。この間アメリアと外出したときに、初めてタクシーに乗ったのだけど……」


そこでブリジットは言葉を切る。何故なら、町で偶然出会った女性のことを思いだしたからである。

その女性というのは……勿論イレーネのことだ。


「……タクシーのせいでいやなことを思い出してしまったわ。全く、あの女……あんな貧しい身なりをしておきながらマダム・ヴィクトリアの店であんなに沢山買い物をして小切手を出すなんて……」


「ブリジット様? どうされましたか?」


背後から声をかけるジョージ。


「いいえ、何でもないわ。とにかく、ジョージ。お前は帰りなさい」


そう言ってシッシと手で追い払う素振りをするブリジット。ここで彼女に歯向かおうものなら、厄介なことになるのが分かっていたジョージ。


「はい。お言葉に甘えて私は先に帰らせて頂きますね。では、失礼いたします」


(……きっとまた2時間以内には出てくることになるだろう。門を出たふりをして、近くで待機していたほうが良さそうだ……)


ジョージは馬車に乗り込むと、そんなことを考えながら走り去っていった。



「……さて。ルシアン様……今日こそ、会ってもらうわよ」


馬車が去ると、ブリジットは扉を見つめ……意気揚々とドアノッカーを叩いた。



この後、イレーネと衝撃の再会を果たすことになるとは夢にも思わずに――






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