10時半――
「どうもありがとうございました」
イレーネは、マダム・ヴィクトリアの荷物を部屋まで運んでくれた2人の男性店員にお礼を述べる。
彼らはルシアンとリカルドが屋敷を出たのと、入れ替わるように商品を届けに訪れたのだ。
「いいえ。それではこれからもまた当店をご贔屓にお願いいたします」
「いつでもご来店、お待ちしておりますね」
男性店員達は笑顔で挨拶する。
「はい、こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」
イレーネも丁寧に挨拶を返すと、店員たちはお辞儀をすると部屋を出て行った。
――パタン
扉が閉ざされ、部屋にひとりになるとイレーネはテーブルの上を見た。
そこには先程届けられた品物が入った箱や紙袋が全部で10個ほど乗っている。
「さて、それでは品物の整理を始めようかしら」
イレーネは腕まくりをすると、すぐに荷物を解き始めた――
****
ボーンボーンボーン
12時を告げる鐘が部屋に鳴り響く頃、ようやくイレーネは荷物整理を終えた。
「ふぅ……すごい量だったわ。こんなに沢山買い物をしたことなど無かったものね。それにしても、時間が経つのは早いのね。もう12時だなんて」
その時――
キュルルルル……
イレーネのお腹から小さな音が鳴る。
「そう言えば、お昼の食事はどうなってるのかしら……? 私は頂くことが出来るのかしら?」
使用人の手伝いを断っているイレーネ。リカルドが不在の時は食事が提供されるのかどうかが不明だった。貴族令嬢ながら、貧しい生活をしていたイレーネは使用人に頼み事をするという考えが念頭に無かったのである。
「お昼を出して下さいとお願いするのは図々しいわよね……かと言って厨房を借りるのもおかしな話かもしれないし……。それなら外食に行きましょう」
幸い、イレーネには前払いしてもらった給金がある。
「早速出かけましょう。ついでに生地屋さんを見てきましょう」
イレーネは外出の準備を始めた――
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一方、その頃厨房では使用人たちが集まり、揉めていた。
「だから、私がイレーネ様の食事を届けに行くって言ってるでしょう!?」
1人のメイドが金切り声を出す。
「いや! 俺だ! 俺がイレーネ様の食事を届ける!」
フットマンが喚く。
「何言ってるんだ!? お前は今日は薪割りの仕事だっただろう? 俺が行く!」
「そっちこそ、何言ってるのよ! 中庭の掃除、終わってないでしょう? 私が行くのよ!」
実に10人近くの使用人たちが集まり、誰がイレーネの食事を届けに行くかで揉めていたのだ。
すると……。
「お前たち! いい加減にしろ! 俺の作った折角の料理が冷めてしまうだろう? もういい! 俺が代わりに届けに行く!」
ついに見かねた料理長が怒鳴り声をあげ、彼が自分でイレーネに食事を届けに行くことを名乗り出たのだ。
勿論、揉めていた使用人たちは悔しがった。
そしてイレーネが外食に出かけてしまったことを知る使用人も1人もいないのは言うまでも無かった――