「まぁ! この小切手は……! は、はい! すぐにお包みいたしますね!」
「お買い上げ、ありがとうございます!」
2人の女性店員はペコペコと頭を下げる。
「いいえ。こちらこそ素敵なドレスを選んで頂き、ありがとうございます。このお店に来て、本当に良かったですわ」
笑顔のイレーネの姿に、青ざめるのはブリジットとアメリアだった。
「ええっ!? ど、どういうことよ! あんな貧乏そうな女が平気で小切手を手渡すなんて!」
アメリアがブリジットに小声で詰め寄る。
「そ、そんなこと聞かないでよ! 私が知るはず無いでしょう! それにしても……あの女、一体何者なの……だけど……」
気の強いブリジットは、店員たちがイレーネにペコペコする姿が気に入らない。
「……何だか面白くないわ。これ以上ここにいても不愉快よ、帰りましょう。アメリア」
「え? いいの? 彼女に一言も声をかけずに帰っても」
「いいのよ。だって私たち、あの女の名前だって知らないじゃない」
フンと腕組みするブリジット。今もイレーネは女性店員たちと親しげに会話をしている。
「言われてみれば確かにそうね……それじゃ、帰りましょうか?」
「ええ、帰りましょう」
そしてブリジットとアメリアは談笑するイレーネたちに声をかけずに、店を後にした。
もう少し店に残っていれば、もっと驚きの事実を知ることになったはずだったのに……。
そんなことは露とも知らず、店員はイレーネに次の商品を勧める。
「ところで、お客様。ドレスだけではなく、他にも靴やアクセサリーも当店でそろえられてみてはいかがですか?」
「ええ、そうです。当店には有名なジュエリーデザイナーに靴職人も抱えているのですよ?」
上客を逃してなるものかと、店員たちの接客は続く。
「そうですね……一式、全て揃えられるならこちらでお願いします。私、どうしても自分の価値を上げなければならないので」
頷くイレーネ。
普段の彼女なら絶対にこのような買い物はしない。しないのだが、今回だけは特別だった。
何しろ、ルシアンの祖父に認めてもらうために自分の価値を上げなければならないのだから。
「ええ! お任せ下さい!」
「私たちの手にかかれば、トップレディにだってなれます!」
何とも頼もしい女性店員の言葉にイレーネは笑顔になる。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
こうして、その後もイレーネの買い物は続いた――
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2時間後――
店のカウンターには乗り切らないほどの買い物袋が乗っていた。
「お客様、本日は当店で沢山の品をお買い上げ頂き、ありがとうございました。それでどのように品物は運ばれますか?」
メガネを掛けた女性店員に尋ねられ、イレーネは少し迷った。
「そうですね……まさか、こんなに大掛かりな買い物になるとは思わなくて。実は私、辻馬車に乗ってきたのです」
「それでは、配達させて頂きましょう。どちらにお運びすればよろしいですか?」
「本当ですか? それではマイスター伯爵家まで運んで頂けないでしょうか?」
「え!? あ、あのマイスター伯爵家の方だったのですか!?
女性店員はメガネをクイッと上げる。
「はい、そうです」
「まぁ、そうだったのですか……まさか実業家としても名高いマイスター・ルシアン様と御関係があった方だったなんて……今後とも、どうぞご贔屓にお願い致します」
「いいえ。このお店に来れたのは、親切な方に案内されただけですから……え?」
その時、いつの間にかブリジットとアメリアの姿が消えていたことにイレーネは初めて気付いた。
「あら……? お2人はどちらに行ってしまわれたのかしら? 折角お礼を言おうと思ったのに……」
「そう言えば……そうですね? いつの間に帰られたのでしょう?」
呑気なイレーネと女性店員は首を傾げるのだった――