「しかし……本当に一人で出かけてしまうとは……」
ルシアンは2階にある書斎の窓から、イレーネが門を目指して歩く後ろ姿を見つめてため息をつく。
「ええ、全くイレーネさんの行動には驚きです。馬車まで断るのですから」
リカルドの顔にも心配そうな表情が浮かんでいる。
「だが、馬車を出すように命じるにも……説明できなかったしな……早いところ全員に彼女を紹介しなければ……」
しかし、あくまでこれは1年間の契約結婚。そんな相手を使用人たちに堂々と自分の結婚相手だと説明しても良いものかどうか、ルシアンは悩んでいた。
「もう、事実は伏せて結婚相手だと伝えるしか無いのではありませんか? それに……」
「それに? 何だ?」
途中で言葉を切ったリカルドにルシアンは尋ねる。
「いえ、何でもありません。さて、それでは外出準備を始めましょうか?」
「ああ、そうだな。先方を待たせるわけにはいかないからな」
ルシアンは立ち上がると、書斎机に向かう。その姿を見つめながらリカルドは思った。
ひょっとすると、この結婚は本当の結婚になる可能性もあるのではないかと……。
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その頃、イレーネは――
「どうもありがとうございました」
辻馬車で駅前に到着したイレーネは馬車代を支払うと、『デリア』の町に降り立った。
「本当に、この町は『コルト』と違って大きいわ……」
辺を見渡せば、大きな建物が綺麗にひしめき合っている。町を歩く人々も大勢いた。
「さて、ひとりで町へ出てきたのはいいけれど……洋品店は何処にあるのかしら」
キョロキョロと周囲を見渡す。
「町へ出れば、何とかなると思ったけど……交番で尋ねてみようかしら……」
そこまで言いかけ、首を振る。
「いいえ、迷惑はかけられないわ。自分で何とかしましょう」
そしてイレーネはひとりで洋品店を探すことにした。
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「まぁ、なんて美味しそうなケーキ屋さんかしら。あら? あの店は本屋さんだわ。あんなに大きい本屋さんがあるなんて、流石は大都市『デリア』ね」
あれから30分程の時間が流れていた。
今や、イレーネは本来ドレスを新調するという目的を忘れて町の散策を楽しんでいた。
「あら? ここは雑貨屋さんかしら?」
ショーウィンドウにへばりつくように、窓から店内の様子を伺っていると女性たちの会話が近づいてきた。
「それでこの間ルシアン様に会いに行ったのに、外出中で会えなかったのよ」
「え?」
突然ルシアンの名前が出てきたので、イレーネは声の聞こえた方角へ顔を向けた。
すると2人の女性がこちらへ向かって歩いてくる姿が目に飛び込んできた。
そのうちの女性は、とても見事な情熱的な赤い髪の女性だった。
「あら? あの女性は……」
その女性はイレーネがマイスター家を訪れた際にルシアンを尋ねてきたブリジットだった。
記憶力の良いイレーネはすぐに女性の顔を思い出すことが出来たのだ。
(今確かにルシアン様の名前が出てきたわ。お知り合いの女性なのかしら?)
思わず、まじまじとブリジットを見つめるイレーネ。するとその視線に気付いたのだろう。ブリジットが眉を潜めて足を止めた。
「……何? そんなに人のことをジロジロ見て……一体何の用かしら?」
勿論、ブリジットはイレーネのことなど記憶にも残ってない。
「あら? 随分貧相な服を着ているわね? そのような貧しい身なりでこの通りを歩かないでくれる?」
ブリジットの友人と思しき黒髪の女性が眉をしかめる。
「あ、申し訳ございません。お二人の着ているドレスがあまりにも素敵でしたので、つい不躾に見てしまいました。大変申し訳ございませんでした」
咄嗟に機転を利かしたイレーネは素直に謝る。
「あら? そうかしら……でも、この町一番のブティックで仕立てたドレスなのだから当然よね」
自慢気に胸を反らせるブリジットに、イレーネの目が輝く。
「本当ですか? ではその町一番のブティックの場所を教えていただけませんか? 私もそこでドレスを新調したいと思いますので」
「「え……?」」
イレーネの言葉に、ブリジットと連れの女性が呆れた顔をしたのは言うまでもなかった――