翌朝7時。
リカルドはイレーネの宿泊している客室の前に来ていた。
「さて……イレーネさんは起きていらっしゃるだろうか……?」
コホンと咳ばらいをすると、早速扉をノックする。
――コンコン
「イレーネさん、起きていらっしゃいますか?」
すると軽い足音が扉に近づき、音を立てて開かれた。
「おはようございます、リカルド様」
白いブラウス。モスグリーンのベストにロングスカート姿のイレーネが姿を見せた。
「はい、おはようございます。……もう、すっかり朝の支度は出来ていたのですね?」
地味な服装のイレーネを見つめながらリカルドが挨拶する。
「はい、そうです。5時に起床しました」
「ええ!? 5、5時ですか!? 何故そんなに早く起きられたのですか?」
あまりにも早い時間にリカルドは目を丸くした。
「はい、いつもの習慣でつい目が覚めてしまったのです。『コルト』に住んでいた頃は朝食の準備があった為に毎朝5時おきだったので」
「朝食の準備……? 一体何のことでしょう。とりあえず歩きながらその説明を聞かせていただけますか? ダイニングルームへご案内しますので」
「え? ダイニングルームへですか?」
「はい、そうです。そこで……」
「私が給仕を務めればいいのですね?」
「は? い、いえ! とんでもありません! イレーネさんはルシアン様の妻になる方ですよ!? そんな真似させられるはずないじゃありませんか!」
そのとき――
ガタッ!!
背後で大きな音が聞こえ、イレーネとリカルドは振り向いた。しかし、そこにあるのは大きな観葉植物のみで人の気配は無い。
「……妙ですね? 今音が聞こえた気がしたのですが……」
リカルドが首を傾げる。
「はい。私も聞こえましたが……気にしても始まらないので、ダイニングルームへ行きませんか?」
イレーネの頭の切り替えは早い。
「そうですね。ではダイニングルームへ参りましょう。先ほど、何故毎朝5時に起きていたのかお話を聞かせて下さい」
「はい、リカルド様」
そして2人は並んで歩きながら、ダイニングルームへ向かった――
****
「おはようございます、ルシアン様」
ダイニングルームには一足先にルシアンが待っていた。
「おはよう、イレーネ嬢。昨夜はゆっくり寝られたか?」
「はい、あんなに素敵なお部屋を貸して頂けるなんて夢みたいでした。私にはもったいない限りです」
ニコニコ笑みを浮かべながら返事をするイレーネ。
「そうか。それは良かった。だが……」
ルシアンはじっとイレーネを……というか、イレーネの着ている服を注視した。
(一体、何なんだ? あの貧しそうな身なりは……あれではこの屋敷の使用人たちの普段着よりも劣っているじゃないか。もしかして、着る物にすら困っていたのか?)
「?」
一方、イレーネは何故先程からルシアンが自分をじっと見つめているのか理解できない。理解できないが……おとなしく立って彼の視線を受け止めている。
「はぁ……」
ルシアンはため息をつくと、リカルドに視線を移し……。
「う、うわ!! リカルド! な、何故目が真っ赤なのだ!? まさか……泣いていたのか!?」
「ルシアン様……あ、後で大事なお話があります! わ、私は今から食事を運んでくるように厨房に伝えて参りますので!」
リカルドはそれだけ告げると踵を返し、ダイニングルームを出て行ってしまった。
「い、一体何なんだ……? イレーネ嬢、何か心当たりは……あ、悪かった。いつまでも立たせてしまって。その椅子に掛けてくれ」
ルシアンは自分の向かい側の席を勧める。
「はい、では失礼致します」
着席し、背筋を伸ばすイレーネに早速話しかけた。
「ところで、イレーネ嬢。君の着ているその服だが……」
「あ、これですか? 申し訳ございません。これでもまだ、まともな服を着ているつもりなのですが……。着まわしてばかりで、あまり手持ちの服が無いものでして」
「何? そうなのか? どのくらい持ってきたのだ?」
「はい、全て合わせて12着持ってきました。でも今の季節に着れるのは3着です。あ、古びてはおりますが綺麗にお洗濯済みなのでご安心ください」
「な、何……今着れる服が3着のみだって……」
あまりにも信じられない話に、ルシアンは椅子からずり落ちそうになった。
(これはまずい……祖父に会わせる前に、まず彼女の身なりから整えなければ……!)
「あの、それでルシアン様。大変厚かましいお話ではあると思うのですが……」
イレーネがモジモジしながら尋ねる。
「お願い? どんなお願いだ?」
「はい。給料の前借をしても宜しいでしょうか?」
イレーネの大きな声がダイニングルームに響き渡った――