「はい、ではイレーネさん。お待ちしておりますね。ですが、どうかくれぐれも慌てず、落ち着いて……ゆっくりお越し下さい。……はい、では失礼いたします」
チン……
イレーネとの電話を終えたリカルドは顔面蒼白になっていた。
「た、大変だ……! こうはしていられないぞ……!!」
リカルドは部屋を飛び出すと、脱兎の如くルシアンの部屋を目指して駆け出した――
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「何だって!! イレーネ嬢が今日、やってくるだって!!」
書斎で仕事をしていたルシアンが驚きの声を上げる。
「はい、そうなのです。たった今、私の仕事部屋に直通で電話がかかってきたのです」
その言葉にルシアンの眉が上がる。
「……ちょっと待て。何故、お前の部屋の電話が鳴るんだ?」
そしてルシアンは自分の机の上に置かれた電話に視線を移す。
「え……? それは……私が帰り際にイレーネさんに電話番号を書いたメモを渡したからですが……?」
「だから、何故お前の電話番号を教える? ここにだって……電話があるじゃないか」
ルシアンは自分でも良く分からないが、何故か電話がリカルドの部屋にかかってきたことが気に食わなかった。
そして、ルシアンの苛立ちにピンとくるリカルド。
「ルシアン様……もしかしてイレーネさんにこちらのお部屋の電話番号をお伝えしたほうがよろしかったでしょうか?」
「……いや、そういうわけではないが、大体お前は俺の専属執事だろう? ここで仕事をすることが多いのだから、この部屋の電話番号を教えたほうが良かったのではないか?」
「あ……言われてみれば、確かにそうでしたね。このお部屋で電話が鳴っても、出るのは私ですからね。大変失礼いたしました」
リカルドはこれがルシアンの言い訳だということに気付いていたが、あえて気付かないふりをした。
「あ、ああ。まぁ……そういうことだ。だが、イレーネ嬢が本日この屋敷へやって来るなら……まずは使用人全員を集めて、大事な客人が来ることを伝える必要があるな」
「ええ、そうですね」
頷くリカルド。
「では、リカルド。早速この屋敷にいる使用人全員をホールに集めるのだ! いますぐにな!」
「はい!」
(そ、そんな……! ただでさえ忙しいのに……それを使用人全員をホールに集めるだなんて……!! 無茶振りだ!!)
返事をしながら、心の中でリカルドが悲鳴を上げたのは言うまで無い――
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一方その頃――
イレーネは『デリア』行きの汽車をホームのベンチに座って待っていた。
「う〜ん……何だか、リカルド様……私の電話に焦っていたようだわ。やはり、明日の予定を今日に前倒しにしたせいかしら……? でも、ルシアン様は、なるべく早くにマイスター家に来てもらいたいようだったけれども……」
そこで、イレーネは少し考えた。
「……そうよね。やはり、早すぎだったのかもしれないわ。だったら『デリア』に着いたら、観光すればいいじゃない。町を色々見て回って、夕食時に伺ったら迷惑だから……そうね。21時頃にマイスター家に伺えばいいかもしれないわ。お屋敷に着いたら、寝る場所だけ提供してもらえばいいわね。そして翌日から早速働かせてもらいましょう」
1人、ウンウンと納得するイレーネ。
驚いたことに、イレーネは契約妻を兼ねたメイドとして雇われるのだろうと思っていたのだった――