汽車に乗って3時間後――
『コルト』の駅に降り立ったイレーネ。
「今の時刻は13時半ね……ルノーは弁護士事務所にいるかしら?」
イレーネは屋敷を処分する法的手続きをルノーに頼もうと考えていたのだ。
「ルノーがいなくても、誰かしらいるかもしれないものね。とりあえず訪ねてみましょう」
そしてイレーネは豆が出来た足を引きずるように、ルノーが勤務する弁護士事務所に向かった――
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駅から大通りを歩いて10分程の場所にルノーが勤務する弁護士事務所はあった。
イレーネは扉の前に立つと、早速ノックをした。
――コンコン
「はい、どちら様でしょうか? え!? イレーネ!?」
扉を開いたのは偶然にもルノーだった。
「まぁ、ルノー。丁度良かったわ。あなたに頼みたいことがあったのよ」
笑みを浮かべる。
「イレーネ、な、何故ここに……!? いや、それよりも一体昨日はどうしたんだ? 仕事の終わった後、君の家に行っても留守だったじゃないか。あのとき、どれだけ俺が驚いたと思っているんだ?」
ルノーは余程心配していたのか、矢継ぎ早に質問してくる。
「待って、落ち着いてちょうだい。ルノー、実はあなたにお願いしたいことがあるのよ」
「お願い? 俺に?」
「ええ、実は……」
その時――
「ルノー。誰かお客様なの?」
部屋の奥で声が聞こえ、ウェーブのかかったブラウンの髪の若い女性が現れた。
「あ! クララ……」
ルノーがうろたえた様子で女性の名を呼ぶ。クララと呼ばれた女性はイレーネを見ると眉を潜めて話しかけてきた。
「あの、失礼ですがどちら様ですか? ここはジョンソン弁護士事務所ですけど? お客様でしょうか?」
「い、いや。彼女は……客ではなく……」
「はい、客です。本日は幼馴染のルノーに用事があって、訪ねました」
言葉を濁すルノーに代わり、イレーネが返事をする。
「え……? 幼馴染……? まさか、あなたはイレーネ・シエラ様ですか?」
「はい、そうです。もしかしてルノーから私の話を聞いているのですか?」
笑顔でクララに尋ねるイレーネ。
「ええ、少しだけなら。……そうですか。あなたがあの、イレーネ様なのですね。それで、一体今日はルノーに何の用があるのですか?」
「はい、それは……」
そこへルノーが二人の間に割って入ってきた。
「イレーネ、実は今急ぎの仕事で忙しいんだ。また今度にしてもらってもいいかな?」
そして素早く目配せする。イレーネはその意味を汲み取った。
「分かったわ。忙しいところ、お邪魔してごめんなさい。それでは失礼致します」
「え? ちょ、ちょっと……」
引き留めようとするクララにルノーは声をかける。
「クララ、喉が渇いたから紅茶を淹れてもらえるかな? 君の淹れてくれる紅茶は美味しいからね」
「わ、分かったわ……ルノー。すぐに淹れるわね」
返事をするクララは頬を赤く染め、紅茶を入れるために部屋の奥へ戻っていった。
その後姿を見届けたルノーは素早くイレーネに話しかけてきた。
「仕事が終わったら、家に行くから待っていてくれ」
「ええ、待っているわ。それじゃまたね」
「ああ、待っていてくれ」
弁護士事務所を後にすると笑みを浮かべるイレーネ。
「あの方がクララさんだったのね……可愛らしい方だったわ。ルノーとお似合いね。二人の仲がうまくいくように応援しなくちゃ」
残念なことに、イレーネはルノーの気持ちに全く気付いていなかったのだ――