「まぁ……。私のような者の為に、このように素敵な部屋を貸していただけるなんてまるで夢のようですわ」
イレーネはルシアンとリカルドに案内された客室に入るなり、目を見開いた。
高い天井、落ち着いた壁紙には風景画が飾られている。
部屋に置かれたベッドも家具も全て高級な物だった。
「そうですか? そんなに気に入って頂けましたか?」
リカルドは笑みを浮かべる。
「ええ、勿論です。むしろ、勿体ない程ですわ。私ならその辺の納戸でも良いくらいですし、廊下で寝ても構わない程なのですから」
「き、君は一体何を言ってるんだ!? 客人にそのような粗末な扱いなど出来るはずないだろう!?」
あまりの言葉にルシアンの声が大きくなる。
「落ち着いて下さい、ルシアン様。そのような大声を出されてはイレーネさんが驚かれてしまいます」
しかし、当のイレーネは全く動じない。
「いいえ、大丈夫ですわ。その程度の声が大きいとは少しも思いませんので。実は、私も少し喉に自信がありまして……なんでしたら今ここで大きな声を上げてみましょうか?」
その言葉にルシアンは慌てた。
「いい! わ、分かった! そんな真似はしなくていい!」
「……そうですね……。私が大きな声で叫べば、皆様を驚かせてしまいますね。失礼いたしました」
少し残念そうに謝罪するイレーネ。
「いや、別に謝ることはない」
「本当にイレーネさんは面白い方ですね」
眉間にシワを寄せるルシアンに対し、笑顔のリカルド。
「とにかく、君は客人なのだ。この部屋は好きに使っていい。それと……今夜は夕食を共にしよう。今後のことで、まだまだ話をしなければならないことがあるからな」
「まぁ! お、お夕食ですか……? こ、この私に……?」
目を見開き、口元に両手を当てるイレーネ。
「あ、ああ……そうだが……?」
戸惑いながらもルシアンは頷く。
「先程美味しいサンドイッチを頂いたばかりなのに……まさか、お夕食まで出していただけるなんて……本当にお言葉に甘えてよろしいのですか?」
「君はいちいち大袈裟な人だな……夕食を提供するぐらい、別にどうということはないだろう?」
「いいえ、それでも私にとっては身に余る光景です。何から何まで、ありがとうございます」
ニコニコと笑みを浮かべるイレーネ。
ルシアンはイレーネの置かれた状況をまだ何も知らない。そこまで踏み込んだ話をリカルドから聞かされていないからだ。
貧しい彼女にとって食費は一番最後に回されるものであり、一日二食が当然の生活になっていたのだ。
「ま、まぁいい……とにかく、今夜は一緒に食事をしよう。……まだ他の使用人たちに君の存在をあまり知られる訳にはいかないからな……リカルド」
「はい」
後ろに控えていたリカルドにルシアンは声を掛けた。
「厨房に行き、今夜の食事は書斎でとると伝えてくれ。いつもより多めの量で用意してもらうことも忘れずにな。それで、リカルド。お前が給仕を勤めろ。いいな?」
「はい、勿論です。ルシアン様」
そして次にルシアンはイレーネに視線を移す。
「後ほど迎えをよこす。いいか? それまではこの部屋で大人しくしているように」
つまり、人目がつくので屋敷の中をうろつかないように……とルシアンは忠告したのだが、イレーネはそのような意図に気付かない。
「お気遣い、ありがとうございます。確かに昨夜は夜なべをし、今朝は駅まで45分掛けて歩きましたので少々疲れはたまっておりました。ではお食事時間まで休ませていただきますね」
さらりと、とんでもない台詞を口にするイレーネ。
勿論、ルシアンとリカルドが驚愕したのは言うまでもなかった――