書斎机の椅子にドサリと座るなり、ルシアンはリカルドを問い詰めた。
「一体どういうことだ? リカルド。あの女性は何者だ? 自分のことを俺の期間限定のお飾り妻だと言ったのだぞ?」
「ええ!? そ、そんなことをイレーネさんは言ったのですか? クッククク……な、なんてユーモアに溢れているのでしょう……」
リカルドは可笑しくてたまらず、肩を震わせた。
「……何がおかしいんだ? リカルド。俺は今、非常に機嫌が悪いのだが?」
机の前で手を組んだルシアンは、イライラしながらリカルドを睨みつける。
「あ! も、申し訳ございません! ルシアン様!」
「謝罪の言葉などいらない。それよりも今すぐに、どういうことか説明してもらおうか?」
「は、はい……ルシアン様。あの女性……イレーネさんの言うとおりです。彼女はルシアン様の1年間という期間限定の妻になっていただく女性です。私が職業紹介所で幅広い範囲で募集させて頂きました。報告が遅くなってしまい、申し訳ございません」
「……」
その言葉にルシアンは目を見開き、口をポカンと開く。
「あの、ルシアン様? どうかされましたか?」
「今……何と言った? 俺の期間限定の妻になってもらう女性を、幅広い範囲で募集したと聞こえたが……? まさか、聞き間違いでは無いよな?」
右手で額を押さえながら尋ねるルシアン。
「はい、聞き間違いではありません。その通りです。尤も幅広い範囲というのは、あくまで距離のことです。一応、条件は絞らせて頂きました。年齢は18歳から23歳。これはルシアン様が24歳だからです。そして未婚で婚約者や恋人がいない女性ということで募集をかけましたので、その点は御安心下さい」
「そんなことは聞いていない! 何故、そんな勝手な真似をしたのかと聞いているのだ! 大体、職業紹介所で募集するとは何事だ!」
ガタンッ!!
ルシアンは怒りのあまり、椅子から立ち上がった。
「勝手な真似をしたことは、謝罪致します。ですが、私がこのような行動に出たのかは、全てルシアン様の為を思ってのことなのです」
「俺の為だと……?」
「はい、そうです。本日は取引先の乗船会社に交渉に行かれたのですよね? 先方は何と仰っておりましたか?」
「……マイスター家の当主が決定するまでは……取引を停止したいと言ってきた……情勢を見届けてから考え直すと……」
苦虫を噛み潰したような表情でルシアンは答える。
「ほら、やはり……つい数日前の会社社長と同じことを言われたではありませんか? この間は、愛妻家の社長でしたよね? 社会的にも妻のいる男性のほうが信頼できると。……つまりは、そういうことなのですよ。ルシアン様」
「だから、それは祖父の陰謀だ! 結婚しなければ俺にマイスター家の当主を任せないという祖父の!」
ルシアンは吐き捨てるように言うと、再び椅子に座った。
「ええ、私もそう思います。ですが……よろしいのですか? もうひとりの後継者候補者のゲオルグ様が当主になっても……」
「ゲオルグ……? 駄目だ! あんな奴にマイスター家の当主の座を渡すものか! 大体、あいつは何回、婚約者を変えたと思っている? あいつこそ、俺がもっとも軽蔑する人間だ! そんな奴が俺と同じ当主候補だって? 冗談じゃない!」
ゲオルグという人物の名が出たことで、ルシアンは増々憤る。
「はい、その通りです。ルシアン様のほうが当主に向いていると、この屋敷の誰もがそう思っております。ですが、現当主様は結婚している者に当主を引き継がせると仰っているのですよ? ゲオルグ様には婚姻を控えている女性が既にいらっしゃいます。これではあまりにルシアン様が不利です」
「……確かに、その通りだ。だから例え未婚でも……俺の今までの業績を取引先に訴え、支持してもらおうと思っていたのに……」
「全て無駄に終わってしまったというわけですよね?」
「おい! 無駄って言うな!! 一言余計だぞ!」
リカルドの言葉に過敏に反応するルシアン。
「失言致しました。申し訳ございません。ですが、私の話を聞いて下さい」
「ああ、聞こうじゃないか」
「当主になる為には結婚するしかありません。ですが、ルシアン様にはその気が全く無いのですよね? かといって、結婚相手を募集するなど世間に公表したらどうなると思います?」
リカルドの言葉にルシアンは少し考える。
「……恐らく、大勢の貴族令嬢たちが名乗りを上げるだろうな……考えただけで、うんざりだ」
「ええ、そうでしょうとも。なので、期間限定の契約妻になってもらえる女性を私がこっそり募集をかけさせて頂いたのです。本来の目的を伏せて。そこで既に10人ほど応募があって、面接をしたのですが……」
「何? 既に10人も面接をしたのか!? この俺に何の断りもなく!?」
しかし、ルシアンの言葉を無視してリカルドは話を続ける。
「そこで、今回イレーネさんがいらっしゃったのです。……彼女は完璧でした。これまで私が面接をしてきた女性とは一味違います。そこで、彼女を私の独断で先程採用させて頂いたのです。それこそ、お飾りの契約妻として!」
堂々と言い切るリカルドの姿に、ルシアンは呆れて言葉も無くしてしまった――