「き、君は一体何を言っているんだ……?」
予想もしていなかった言葉を耳にしたルシアンはあまりのショックに足元がよろけ……。
ドンッ!!
壁に激しく身体を打ち付けてしまった。
「う……」
思わず呻くルシアン。
「だ、大丈夫ですか? マイスター伯爵様」
これには流石のイレーネも驚き、声をかける。
「だ、大丈夫かって……? 大丈夫なものか! 一体、君は何を言っているんだ? 期間限定のお飾り妻だって? しかも……この俺の!?」
ルシアンはイレーネを指さした。
「はい……そうですけど……?」
キョトンと小首をかしげるイレーネ。そこへタイミング悪く? 笑顔のリカルドが現れた。
「イレーネさん、お待たせいたしました。サンドイッチをお持ちし……あーっ!!」
トレーにサンドイッチを乗せたリカルドと、壁にもたれかかっているルシアンの目があった。
「リカルド……お前、一体どういうつもりだ……?」
ルシアンは怒気を含んだ声音でリカルドを睨みつけた。
「あ、あの……こ、これはですね……」
(そんな! ルシアン様は……週末まではこの屋敷に戻らないはずだったのに!!)
焦るリカルドと、怒りを押さえているルシアンの間に緊張が走る。
「まぁ、リカルド様。サンドイッチを持ってきてくださったのですね? ありがとうございます!」
そこへ、イレーネの嬉しそうな声が響いた。
「「え?」」
その声に驚き、リカルドとルシアンは同時にイレーネを振り返る。すると、ニコニコと笑みを浮かべたイレーネの姿が2人の目に映った。
「は……? 君、こんな状況で一体何を言うんだ?」
半ば呆れるルシアン。
「は、はい。そうです。おまたせして申し訳ございません。イレーネさん」
一方のリカルドの方は、これはチャンスとばかりに、そそくさとイレーネに近づく。
「お、おい? リカルド!」
ルシアンの呼びかけに気付かないふりをしてリカルドはイレーネのテーブルの前にサンドイッチの乗ったトレーを置く。
「イレーネさん。このサンドイッチはマイスター家のシェフが直々に用意したサンドイッチです。出来立てのうちにお召し上がり下さい」
「まぁ、そうなのですか? まさかお食事まで用意していただけるとは思いませんでした。本当にありがとうございます。なんて美味しそうなのでしょう」
イレーネは目の前の豪華な具材のサンドイッチに釘付けだ。
「そんなに喜んでいただけると、光栄です」
嬉しそうにサンドイッチを見つめるイレーネにつられ、リカルドも笑みを浮かべたとき……
「リカルド・エイデン!」
部屋にルシアンの鋭い声が響く。
「は、はい……ルシアン……様……」
ギギギと今にも音がなりそうなぎこちない動きで、ルシアンを振り返るリカルド。
「……大事な話がある。一緒に書斎へ来てもらおうか?」
ルシアンの口元は笑っているけれども、彼を見る視線は厳しい。
「は、はい……分かりました……」
そしてチラリとイレーネを見る。
「私のことならお気遣いしていただかなくとも大丈夫です。こちらのお部屋でサンドイッチを頂いております。お話が済みましたら、またいらして頂けますか? お待ちしておりますので。」
あくまでマイペースのイレーネ。
「き、君という女性は……」
ルシアンは呆れ顔でイレーネを見つめるも……ため息を付いた。
「まぁいい……俺たちがいれば食事もしにくいだろう。今リカルドと話をつけてくるから君はそこで待っていてくれ。……行くぞ、リカルド」
そう言って、ルシアンは応接間を出ていく。
「は、はい……」
リカルドは返事をすると、すぐにイレーネに声をかけた。
「イレーネさん。ごゆっくりお召し上がり下さい」
「はい、ありがとうございます」
イレーネは笑みを浮かべながら会釈する。
そしてリカルドは、叱責される覚悟でルシアンの後を追った――