「ですが、たとえ一年間だけとはいえイレーネさんには大変負担になることだとは思います。そこで、求人に記載されていた給金よりも上乗せしてお支払いいたします。無事に一年間妻を演じていただけた暁には契約満了時に退職金として三年間毎月30万ジュエルをお支払することを確約いたします。いかがでしょうか? 少し考えてみてはいただけないでしょうか?」
リカルドは丁寧に説明した。
それはイレーネなら自分が契約妻であることを明かさないだろうと踏んだからだ。
何より契約期間満了後は後腐れなくルシアンと離婚してくれそうに思えた。
(仮にルシアン様がイレーネさんを気に入り、離婚を望まなければそのまま結婚生活を続けることだって出来るだろう。後は彼女の反応だが……契約結婚なんて、果たして引き受けてくれるだろうか?)
リカルドはイレーネの返事を待った。すると……
「まぁ! そんなにお金をいただけるのですか? 本当に切羽詰まっていたので本当に助かります。ありがとうございます、感謝の言葉しか見つかりません」
大喜びでお礼の言葉を述べるイレーネを見て、逆にリカルドは戸惑った。
「あ、あの……そんなにあっさり決めてもよろしいのですか? いくら書類上だけとはいえ……仮にも結婚するのですよ?」
「ええ、一年間の契約結婚ですよね? 大丈夫、私には夫も婚約者も将来を約束したような相手もおりませんので、何の問題もありません」
「ですが、離婚した暁にはイレーネさんの戸籍に離婚歴がついてしまいます。そうなりますと……将来本当に結婚する際に何かと不利な状況になるのは確実なのですよ?それに帝国法により、離婚後三年間は女性の場合再婚を認められません。それでも構わないのですか?」
自分で契約結婚を勧めておきながら、あまりにもあっさり返事をするイレーネのことが気がかりになるリカルド。
「ええ、良いのです。契約結婚後の離婚で、将来自分が本当の結婚をすることが出来なくなっても構いません。生涯をひとりで細々と生活できるだけのお金があれば十分ですので」
自分のように貧しい没落貴族を、好き好んで嫁に迎えてくれる男性などいないだろう。イレーネにとっては、この件で戸籍に傷が付いても一向に構わなかったのだ。
一方、焦ったのはリカルドの方だった。
「何ですって? それではあまりにも申し訳が立ちません……あ、それならこういうのはどうでしょう? 実はマイスター伯爵家に空き家があるのです。契約期間満了後にその空き家をプレゼントさせて頂く……というのはいかがですか? もっとも少々年季がいって、古くはなっているのですが……」
申し訳なさそうにリカルドは口にする。執事の権限ではそれがイレーネに支払える精一杯の対価だったのだ。
(どうしよう……こんなことで満足して頂けるだろうか……?)
不安げにリカルドはイレーネを見つめるも、その心配は稀有だった。
「え? その話……本当ですか? ありがとうございます! お金を頂けるばかりか、家までプレゼントなんて…‥‥幸せ過ぎて夢のようです!」
そしてイレーネは満面の笑みを浮かべた――