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第9話:そして火蓋は切られた

結果は…まだわからない


ゴールするまでに何人に抜かれたか記憶していない

しかし、そんな順位やタイムなんてどうでもいい

順位やタイム以上の重大な問題がある

それは、このレース中に、一度も先頭に立つことは叶わなかったことだ


すべての力を使っても、周りの積み重ねてきた厚みを一瞬たりとも追い越すことはできなかった

『逃げ』戦術の前提である先頭に出るということすらさせてもらえなかった

結局、戦術を最後まで完遂することができなかった


あまりにも走力が足りない

数か月のトレーニングによって得たものは今日すべて出し切った

それでも足りない


畜生…


俺はゴールから数歩進んだところで膝をついた

フィールドの熱と日差しが俺の肌を焼く


今日は暑いんだな…


ぼんやりとする頭でそんなことを今さら思った



地面に四つん這いになりながら呼吸を整えていると、山田主将が声をかけてくれた


「立てる?」


山田主将のほうを見上げるために身体を起こそうとするが、疲労によってうまくいかない

ふらついている俺を見て、主将は気を使って俺の身体を支えてくれた


「ありがとうございます…」


俺は、今日出場予定の種目は終わった

本当なら先輩たちをサポートする側だ

主将の肩を借りるなんてとんでもない


申し訳なさを感じながらも、動かない身体では何もできなかった


「いいよ。初大会疲れたでしょ」


主将の頼りになる腕に支えられて、熊切中の待機場所へと戻る

待機場所には、スタートに置いてきたはずの水筒と上着があった


俺は上着を着た後、テントの下に座ってお茶を飲む


「久我くんが荷物持ってきてくれてたから、お礼言っときなよ~」


3年の先輩にそう言われたので、忘れないうちに久我にお礼を言っておこうと思った

しかし、久我が見当たらない

先輩に聞くと、久我はこの後の400m予選に行ったと教えてくれた


同級生の久我の応援に行こうと立ち上がろうとする

しかし、身体が痛すぎて立ち上がることも難しい

俺が思っているよりも、身体にはダメージが入っているようだ


待機場所からでもトラックは見える。ここから応援しておこう


「それにしても!谷口くんすごかったね!!」


2年の先輩に、横から急に話しかけられて驚く

先輩は俺の反応に関係なく、続けてしゃべりだした


「序盤に前に飛びだしていこうとしたのもよかった!あれで全体のペースが思い切り上がって、1年生レースとは思えないハイペースになってた!谷口くんもラスト500m地点まで先頭とバチバチに競っていたし、ラスト300mで先頭にスパートをかけられてちぎられた後も、ペースを大きく落とすことなく粘ってて、とてもいい走りだったね!わたしあれ見て興奮しちゃって!!」


早口でまくしたてられて呆気に取られている俺を放置して、先輩は立ち上がる


「私も行ってくる!あれ見たら、私もベスト更新狙える気がしてきた!」


マシンガンのようにしゃべるだけしゃべって、先輩はどこかへ行った

勢いに押されてなにも返事できなかったことが悔やまれる


そうだ、先輩たちの応援もしっかりしないとな

俺の今日の出場予定競技は、すべて終わったんだから

久我の400m予選を応援して、先輩たちとほかの同級生のサポートに回って…

少し休憩してから、俺の1500mのタイムを確認しにいこう

掲示場所は選手受付横だったはずだ

それから…


まだ思考の定まらない状態でこの後のことを考えながら、水筒のお茶をもう一口飲んだ





帰り道、少し寄り道をする

山の上の高台。この街を見下ろせる場所だ

海に沈みつつある夕焼けが街を染めている

もうじき日も落ちてすぐに暗くなっていくだろう


学校で解散する前に、顧問に言われたことを思い出す。

(「正直2か月でここまで伸びると思っていなかった。まだまだ伸びるぞお前は。」)

街を見下ろしながら、自分の順位とタイムを思い出す

俺の最終順位は9位だった



俺は大会中意識していなかったのだが、今回の大会には、競技ごとの個人順位のほかに、学校ごとの総合順位というものが存在した

それぞれの種目で1位~8位までが得点を獲得し、合計得点によって学校単位で競う

熊切中は総合順位3位だった

1位の海城中学との得点差は、8点

競技で1位の場合、得られる得点が8点


もし俺が1年男子1500mで1位を取っていれば

総合順位に得点で貢献できていれば

熊切中は総合1位もとれていたかもしれない


先輩たちはだれも責めなかった

ただ、総合1位まで惜しかったなぁとしか言わなかった


最後の大会が終わった3年生の先輩たちの横顔を思い出す

県大会に出場を決めた先輩たち以外は、この大会で部活引退だ


俺はむしゃくしゃして叫んだ

まだきちんと言葉にできない感情を、声にそのまま乗せる

使い果たした心肺と筋肉から、大声は出ない

力任せに息を吐きだし、奥歯を噛みながら息を吸い込む

外から聞いていれば、叫び声というより獣の威嚇に近かったかもしれない


「うらやましい!なさけない!ふざけんな!どうして勝てなかった!」

ぐちゃぐちゃになっている自分の心を感じる


自由に風のように駆けていくあいつらが心底うらやましい

どうして俺はこんなに不自由なんだ

一緒に走ったあいつらと俺とで、年齢は一緒のはずだ

俺は今まで一体何をしていたんだ

あいつらが目の前を走っていくのがうらやましい

軽々と走っていくあいつらを見ていると、嫉妬でたまらなくなる

誰にも俺の前を走らせてたまるか

こんな気持ちに二度となってたまるか


胸の内に抱えている思いはこんな言葉じゃ足りない

それらをすべてが絡まってつっかえて言葉にならない

ただ一言でいうなら""悔しい""

けど、そんな一言じゃこの気持ちは表現できない

すべて言葉で説明できるほど、俺は器用じゃない


「畜生…ちくしょう…」


新たな刺激によって俺の心の底からあふれ出した、

まるで濁流のような感情の、そのすべてが口から出ることは無く。

濁流は、俺の頭のてっぺんから手足の先までを、黒い熱で満たした。



負けたことによる悔しさ。それを解消するにはひとつしかない。勝つことだ


勝つために必要なものは多い

それでも、今の俺に足りないものはシンプルだ


「こんなものじゃない…もっと…もっとトレーニングしないと。トレーニングすれば、もっと行ける…もっと速く…」


俺はつぶやく

自分の向かう先を

理想の自分を追いかけるため



もっと、もっと速く



戦いの火蓋はこうして切られた





初めての記録会:6:32.34

1年地方大会:5:25.65


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